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2007年7月

小説 「オブリガード」

 「先生。オブリガード!」

 携帯電話から、いきなり飛び出した声。
 ちょうど、麻子がバス停へ向かうため、公園を通り抜けようとしていた時だった。携帯電話が鳴ったので、慌ててとった。が、木陰に入っていたためか、雑音がひどく、「もしもーし」と叫んでも、相手の声は聞き取れなかった。公園の中にあるベンチの前あたりで、ようやく声は鮮明になった。そして、聞こえてきたのが、「オブリガード」だった。

 麻子は、「はい?」と、すっとんきょうな声を出した。間違い電話かとも思った。だが、「先生」と呼ばれる以上、出張パソコン教室の生徒からなのだろう。声色から想像してみて、探るように、訊いた。
 「あの、前田さんですか?」
 すると、「はい、前田タイゾーです」と、弾んだ声が、はね返ってきた。

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なつかしの佳作 「手」

 ミーン、ミーン、ミーン・・・・・。

 蝉が、忙しそうに鳴き始めた。ひとつ鳴けば、負けじと、別の木に掴まった蝉が、鳴く。あちらこちらで、大
合唱である。
 『今日も暑いですよ、暑いですよ』
 奈津には、蝉がそう唄っているように聞こえた。嫌やな、と呟く彼女の表情は、憂鬱そのものだった。

 今日は、大阪の義母を訪ねる日である。朝から憂鬱なのは、暑さのせいばかりではない。むしろ大阪へ行かな
ければならないことの方が、原因だった。五年前、義母は家を出て、娘の元へと行った。夫が亡くなり、身軽になったこともある。

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なつかしの佳作 「夕焼け」

『夕焼け小焼けで日が暮れて、
 山のお寺の鐘が鳴る。
 お手々つないで皆帰ろ。
 烏が鳴くから帰りましょう』

 窓の外から、子供の可愛い歌声が聞こえてきた。その声に誘われて、麻子は西の空を仰ぎ見た。キャンバスに真っ赤な絵の具を広げたような空であった。
 家へ帰りたいと、麻子は不意に思った。今すぐにでも、この殺風景な病室を出て行きたい衝動にかられた。明
日になれば、検査も全て終了し、帰宅できるにもかかわらずである。

 子供の頃、麻子もあんなふうに歌いながら、家路を急いだ。胸をワクワクさせながら、玄関の戸を開ける。「
ただいまー!」。お母さんが「お帰り」と出迎えてくれる。卓袱台には、真心こめて作ってくれた夕食が並んでいた。

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なつかしの佳作 「ひかり」

  ビルの狭間からふわっと光の海が広がっていく。
 「きっとそう、あそこに違いない」。
 加奈子は病室の窓に顔をこすりつけるようにして、光の方を見つめた。
 
 一九九五年十二月十五日午後六時、神戸ルミナリエが初めて点灯した瞬間のことである。震災によって傷ついた人々の心を、そして街を照らし甦らせた神秘の光。そのポスターを目にした時から、加奈子はどうしても見に行きたいと思った。夫にせがんだ。主治医にも懇願した。たとえ僅かな時間でも良いから、外出させてほしいと。だが、許可は下りなかった。「まだ外出は無理です。もう少し体力の回復を待たないと」。主治医は眉をひそめた。加奈子は何も言い返せなかった。主治医の言葉は絶対だ。従うしかない。

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なつかしの佳作 「私の神戸新聞 - 四季の想い出」

 "ガサッ。〟
 郵便受けに、新聞が入る音。その音には、歳月があり、四季がある。そして、四季それぞれには、私の想い出が、いっぱいつまっている。


● 春・合格発表 ●

 
「あるよ。名前がある。お兄ちゃん、合格してるよ!」

 喜びのあまり、私は近所中に聞こえるくらいの大声をはりあげた。
 昭和五十年四月三日、朝刊の大学合格者名のなかに、兄の名前を見つけた瞬間である。
 当時、兄の受験した国立大二期校の発表は、四月にあった。

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