なつかしの佳作 「私の神戸新聞 - 四季の想い出」
"ガサッ。〟
郵便受けに、新聞が入る音。その音には、歳月があり、四季がある。そして、四季それぞれには、私の想い出が、いっぱいつまっている。
● 春・合格発表 ●
「あるよ。名前がある。お兄ちゃん、合格してるよ!」
喜びのあまり、私は近所中に聞こえるくらいの大声をはりあげた。
昭和五十年四月三日、朝刊の大学合格者名のなかに、兄の名前を見つけた瞬間である。
当時、兄の受験した国立大二期校の発表は、四月にあった。
おそらくあかんやろうなあ、と諦めていた兄は、まさか神戸新聞に合格発表が、しかも自分の名前が載っているとは夢にも思わず、のんきに寝ていた。
が、私の声に飛び起き、パジャマ姿のまま、二階から駆け下りてきた。
「おおー」というのが、兄の第一声。
続いて、「ひやあ」と、台所から走ってきた母の悲鳴。
出勤時間の早い父をのぞいて、私たち一家は、うっかりすれば見落としてしまうくらいの小さな小さな活字をとり囲み、しばし見とれた。
「東京へ行ってくるわ」と言うと、兄は、慌てて着替え、家を飛び出して行った。胸いっぱいの希望をかかえて、足取りも軽やかだった。見送る母の瞳は、うるんでみえた。だが、母と私の心は、弾んでいた。暖かい春風が、すうっと流れこんできたかのように。
● 夏・オラクル ●
憧れのジューンブライド。そんな私が、必ず目を通すのは、夕刊の「オラクル」。明日の運勢を九星術によって、記したものである。
とかく女性は占い好きだが、私も例外ではない。「素敵な出逢いが」なんて書いてあったら、翌日は大変である。
この人かしら、この人かしら?
けれど、これだけは当たったためしがない。縁がないのね、と思っているうちに、いつのまにか三十の声を聞き、すっかり縁遠くなってしまった。
だが、まるきり希望を捨てたわけではない。
いつか、真白いウエディングドレスに身を包み、初夏の日ざしと爽やかな海風に祝福される瞬間がくる・・・・・。
そう夢見て、私は、今日も夕刊のページをめくるのである。
● 秋・ヨーロッパ昨今 ●
本棚の片隅に、古いスクラップブックがある。
なにげなく手にとり、ページをめくると、黄ばんだ記事から、かすかなカビ臭いにおいが、プーンと鼻についた。
新聞記事のタイトルは『ヨーロッパ昨今』。
昭和五十六年八月二十九日から十月九日まで、神戸新聞の夕刊に掲載された、東ヨーロッパの国々を中心に綴られた取材報告である。
いつか役に立つかもしれない、と切り抜いておいたものだ。
懐かしさから、読み返してみた。
すると、あらたな驚きがある。
もちろん、ベルリンの壁は、まだ崩れていない。
全てが自由ではなく、近づきがたい空気の漂う国々。
そして、そこで生活する人々の不思議な息づかい。
だが、何よりも、アルジェリアとイタリアの大地震を報告した記事が、私の目をひいた。
悲惨な惨状の中、命がけで取材をした記者は、救援の無秩序ぶりを目の当たりにする。
そして、もし将来日本に大地震が起こった時、行政上の混乱は天災に人災を上乗せすることになりかねない、という警告めいた言葉で結んでいる。
私は、はあーっとため息をついた。
まさか、大地震が、我が身にふりかかってこようとは。
いまだ鮮明な、あの震災の日々が、まざまざとよみがえってくる・・・・・。
● 冬・震災 ●
平成七年一月十七日の朝、身体が宙を舞った瞬間、ただ「生きていたい」と祈った。
揺れがおさまってからは、暗闇にぽつんと、とじこめられたようだった。
電気もガスも水も止まった。
情報もなかなか入ってこなかった。
明日、どうなるの。
不安でたまらない一日だった。
新聞は・・・・・。
慌てて郵便受けをのぞいてみた。
だが、中は空っぽだった。
どうかもう地震が来ませんように、と祈りながら迎えた次の朝、「ガサッ」という音が聞こえたような気がした。
郵便受けを見た。
その時、『神戸新聞』という文字が、私の目に飛びこんできた。
夢中で手にとった。
いつもの厚みはなかったが、無性に嬉しかった。
活字がこんなにも恋しいと感じたことはない。
むさぼるように読んだ。
一日も早く読者に新聞を届けたい、という記者たちの心が、紙面からひしひしと伝わってきた。
「冬きたりなば春遠からじ」
という言葉が、不意に、私の脳裏をかすめた。〝必ず春はやってくる。だから頑張ろう。〟
かすかなインクの匂いとともに、春の訪れと希望の光を感じた瞬間であった。
(1998年2月 神戸新聞社創刊100周年記念エッセイ佳作
「私の神戸新聞 四季の想い出」 by とうのよりこ)
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