小説 「間違えられた弟」
「間違えられた弟」 とうのよりこ
「やっとクーリングオフ出来た」と、友人の瑞希からメールで報告があった。
悪徳水道業者にひっかかったというのだが、事の真相を知りたい私は、すぐメールを返した。
「良かったね。じゃあ、ごはん食べに行こうよ。話も聞きたいし」
かくして、瑞希の武勇伝を期待して、待ち合わせ場所の大丸神戸店へ向かった。瑞希の職場から近いこともあり、大抵待ち合わせ場所は大丸を選ぶ。
「いま着いた」とメールを送ると、「あと10分待って」とメールが返ってきた。
「玄関のイスがいっぱいだから、『4℃』の前のソファに座ってるね」
「了解!」
瑞希を待っている間、ぼんやりと店内をながめる。普段よく訪れる店なのに、ソファから見る景色はまた違う。
ちょうどメークのキャンペーンをしているようで、何人もの女性が勧誘されていた。
大抵は断って通り過ぎていくが、ひとりの女性が立ち止まってしまった。断りきれなかったのか、あるいは「やってみてもいいかな」と思ったのか、メーク席に座ってしまった。
店員は愛想よく手際よくメークを終えた。そして、しきりにほめる。ほめた後は、化粧品を勧める。
彼女はといえば、少し困った様子。ならば、最初からメークをしてもらわなければいいのに。
そんな様子を見ていた私の前に、瑞希は現れた。
「お待たせ。何食べる?」
「うーん、パスタって気分かな」
私の答えに瑞希は、ふふっと笑った。私が何を食べたいかとだけ言えば、グルメ通の瑞希は店を選んでくれる。
「最近、おいしいパスタのお店を見つけたの。有機野菜を使ってるのよ」
瑞希はそう言うと、元町のほうへ歩き始めた。
私はその場を去る前に、もう一度化粧品を勧められていた女性のほうを振り返った。彼女の姿はもうない。なんとか切り抜けたようだ。なんだか、ほっとした。
着いた先は、元町通りから1本南へ下った、こじんまりしたレストランだった。
「いい感じのお店ね」と言うと、瑞希はにっこり笑った。
飲み物は、瑞希がスプモーニを、私はカシスソーダを頼んだ。料理は適当に頼み、シェアすることにしているが、どうしても「おすすめ」と書いてあるメニューに目がいく。
結局、「貝柱と有機野菜のマリネ」「シーフードオムレツ」「海老のペンネ アラビアータ」「ベーコンと有機野菜のピッツァ」をオーダーした。
「で、なんでまた?人一倍用心深いじゃない?」
私は瑞希が悪徳業者にひっかかったことが意外だった。
「それがさ~、ゴールデンウィーク真っ只中の夜だったから、パニックになっちゃって。いつもなら知り合いの業者へ電話するとこなんだけど、ポストに投函されてたチラシへ電話しちゃったの。あとはもうお決まりのコース。まあ知り合いの弁護士に相談したから、ややこしくならずにすんだけど、時間はかかったわ」
瑞希の家は自営業である。だから弁護士に知り合いがいるのだ。
「良かったね」
と答えたものの、ものすごい修羅場を期待していただけに、正直がっかりした。
そんな私の表情を察してか、瑞希がクスクス笑いながら言った。
「でもね。スピンドラマがあったのよ」
「スピンドラマ?なに、なに?」
私はワクワクして身を乗り出した。
「まだクーリングオフ出来ていない時だったんだけど、その日は父がゴルフで不在だったの。父に『あの業者から電話かかってきても出るな』って、きつく言われてた矢先の出来事だったのよ」
その日、瑞希の家のリビングにある電話が鳴った。
ディスプレイ画面を見ると、見知らぬ携帯電話の番号が表示されている。
それを見た瑞希の母が「あの業者よっ!電話に出ちゃダメよ!」と叫んだ。
10数回コールがあった後、電話は切れた。母娘ともホッとした。が、数秒たたないうちに、今度は瑞希の携帯電話が鳴った。さっきの携帯電話の番号である。
「キャー!なんで、私の携帯を知ってるの?」 叫ぶ瑞希。
「出ちゃダメよ!」と母。
「でもどうして知っているのよ?あの業者って、実は悪の組織か何かで、ウチの家族のことを何もかも知ってるとか」
思わず瑞希が口走った「悪の組織」という言葉に、母娘とも黙りこんだ。
息をひそめて、コールが鳴り止むのを待った。20回くらいコールの後、ようやく電話は切れた。
胸をなでおろし、玄関のドアが施錠されているかを確認しに行った。戸締りはOKである。
ほっとしたのもつかの間、今度はマンションのエントランスからの呼び出し音が鳴り響いた。
母娘とも、ビクッとした。さっきから心臓の鼓動が加速している。
「いったい、誰なの~?こんなときに・・・」
母娘2人で、モニターをのぞきこんだ。
あやしげな男が1人立っている。夕日がさしこんでいるせいか、誰だかよくわからない。趣味の悪そうなシャツ。小脇にセカンドバックをかかえた姿が借金取りに見える。カメラに映った顔もいかにも悪そうな人相である。
「さっきの電話の主じゃない?」
「押しかけてきたのかしら?」
「居留守よ、居留守にしましょ」
母は断言した。居留守が一番であると。こうして、母娘は息を潜めた。
5分後、玄関のチャイムが鳴った。もう限界である。
「・・・・・ダレなの・・・・・」
瑞希は母に急かされ、物音を立てないように、そっとドアスコープから外を覗いた。
しかし、誰もいない。
「お母さん、誰もいないよ。もしかして、さっきの悪徳業者が入り込んできたとか・・・」
「ええっ!?ここのマンションは安全なはずよ。そんなことはないわよ」
「でも、誰かが入るときに一緒に入ったとしたら・・・」
しつこくチャイムは鳴る。
瑞希は大きく深呼吸すると、ドアチェーンをかけたまま、おそるおそるドアを開けた。ドアを開けた瞬間、わずかな隙間から、ぬーっと腕がのびた。
「キャーッ!」
悲鳴をあげる瑞希の目の前に、アンリ・シャルパンティエのケーキの箱が現れた。
「オレだよ、オレ」という声が聞こえる。
オレオレ詐欺ではない。この声は弟の声。
そして、そこに立っていたのは、まぎれもなく弟の俊一だった。
「なんだよ~、電話しても出ないし、エントランスでも無視するし。たまたまお隣さんと会ったから、一緒に入れたけど」
「俊一だったの?でも玄関のチャイム鳴ったけど、姿なかったじゃない」
「ああ、カギを落としたから、拾ってたの」
「こういう事態でかがむな!紛らわしい・・・。で、なんなの?今、ウチ大変なの知ってるでしょ?」
瑞希は怒りながら、俊一を家へ入れた。
「おフクロ、今日誕生日だろ?だから、ほれ、プレゼント」
俊一は、ケーキとプレゼントを差し出した。
「あ・・・」
母は言葉がなかった。悪徳業者騒動で、誕生日も忘れていた。
ラッピングを開けると、フェラガモの携帯電話用ストラップが入っている。俊一にしたら、奮発したものだ。
俊一には、最初の電話からのいきさつを説明した。
携帯電話の番号が登録していなかったからわからなかったこと、エントランスでは別人に見えたこと。
「はぁ~?息子の顔を見間違える母親。弟の顔を忘れた姉貴。聞いたことないよな」
俊一は憮然としている。
アンタのカメラ映りが悪いんじゃないの?・・・とも言えず、母娘ともうなだれた。
「まあ、来月はオレの誕生日だから、この分きっちりカタつけてもらおうじゃないか」
「はい・・・」
俊一の科白に、「アンタこそ、悪徳業者じゃないの?」と言いたい瑞希だったが、今はひかえた。
翌月の俊一の誕生日には、バーバリーのポロシャツと以前から欲しがっていた「24 シーズンⅣのDVDボックスをプレゼントした。
まったく思わぬ出費である。
私はお腹をかかえて大笑いした。
「そんなにおかしい?」
「うん、おかしい。だって、ドラマを見てるみたいだったよ」
私の感想に、瑞希はまんざらでもない顔である。
「ところで、なんで携帯電話の番号を登録してなかったの?」
すると、瑞希はむっとしたように答えた。
「会社で使ってる携帯電話の番号は登録してたわよ。でも、プライベート用に携帯を買ったんだって。だから、番号を知らせてくれないと、こっちも登録しようがないわよね!」
私はさらに大笑いした。
最後に瑞希は、こうつけ加えた。
「弟がなぜプライベート用の携帯を買ったかについては、これからじわじわと追求していくわよ!」
またスピンドラマが聞けそうである。
(2007年8月 「間違えられた弟」 by とうのよりこ)
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