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小説 「忘れ物にはご用心!」

「忘れ物にはご用心!」   とうの よりこ

 友人の瑞希から、「八ヶ岳のお土産があるよ」とメールが届いた。
 9月の三連休を利用して、瑞希は八ヶ岳へ旅行していた。とにかく暑さから逃れたい一心で、涼しいところへ出かけたのである。
 私は、モノと話の両方を期待して出かけた。
 瑞希との待ち合せは元町が多いのだが、この日は三宮のそごう1Fの商品券サロン前に1時半の約束にした。ちょうどゴルフスクールの日だったので、着替えて出かけると、そのくらいの時間になるからだ。
 「お昼食べた?」と瑞希が聞くので、「軽くね」と答えた。
 「じゃあ、お茶にしよっか」
 とはいうものの、三連休の日曜日だから、どこのカフェもいっぱいである。考えた末に、交通センタービルの2FにあるUCCカフェへ行ってみることにした。
 「ここがいっぱいなら、ほかのカフェは大抵いっぱいなのよ」とは、グルメ通の瑞希ならではの解説だ。幸い、席はあった。
 「やっぱり、UCCに来るとワッフルよね」と声をそろえ、二人して、「秋のおすすめ和風ワッフル」をオーダーした。栗と柿がそえられた、ちょっと甘めのワッフルである。

 お土産は「幸せを呼ぶ鳥 ルリビタキ」のチョコレート。中に入っている青いカードをデスクマットにはさんでおくと、結婚できるらしい。
 「これって年齢制限あるの?」 カードの解説を読みながら、瑞希に聞く。
 「ないんじゃない?」 瑞希も適当に答える。
 「ふーん、じゃあ、はさんでおこうかな」
 ちょうど、会社でデスクマットを使い始めていた。これまでデスクマットを使う機会もなく、使う気もなかった。使ってみての感想は・・・あっても無くてもどっちでもいい感じ。まだその利便性がよくわからない。もし、このカードで幸せになれたら、デスクマットは幸せを呼ぶカードをはさむために用意されたもの、ということになるけれど。

 「で、旅行はどうだった?」
 「寒かったし、お天気悪かったのよ」
 神戸は連日の猛暑だったから、うらやましいことである。
 「なんか面白いことあった?」 私は身を乗り出した。
 「面白いことねぇ・・・」 瑞希は頬杖をつきながら、考えた。
 「とんでもないことはあったよ。デジカメをなくしてさ~」
 「え?デジカメ?もどってきたの?」
 私の目が輝いたことを瑞希は見逃さない。じらすように「まあまあ、結果はお待ちなさいよ」と言った。
 「女3人で行ったんだけど、車中から写真はとってたの。観光して、お土産物屋さんに寄って、ホテルに着いたら、なくて。どこかで置き忘れたみたいなの」

 ホテルに着いた瑞希は、ひと息ついてから、荷物をひろげ始めた。着替えを出し、お土産物の整理をするうち、デジカメがないことに気づいた。さっきまで持っていたはずだが、バッグに入れたのかもしれない。が、出てこない。
 「デジカメがない。ない!」
 瑞希は叫んだ。友人2人も一緒になってさがしたが、見つからない。
 「メモリカードは?」
 「デジカメに挿しこんだまま」
 「ということは、あの写真も入ってるわけ?」
 瑞希は頷いた。「あの写真」とは、車中で撮ったバカっぽい、ふざけた写真である。
 「だめ~!絶対あんな写真が世の中に出回ったら、ダメよ。すぐに探すのよっ!」
 友人の悲鳴にも似た命令で、瑞希は携帯電話を取り出した。とにかくホテルに着くまでに寄った場所へ、手当たり次第連絡しなければ。しかし、無情にも携帯電話は圏外である。瑞希の携帯はソフトバンク。もう一人の友人はAUだが、これも圏外。唯一ドコモを持った友人の携帯だけが電波がたっている。
 「ごめん!携帯、貸して」
 かくして、デジカメ捜索が開始された。

 レシートに記されたお店の電話番号を見ながら、電話をかける。買っていない店は、旅行マップで調べ、とにかく思い出せるところは全てかけた。しかし、どこへかけても、「届いてませんね」「見当たりませんね」の返事しかかえってこない。
 「すみませんが、もし見つかったら、自宅へ電話していただいて良いでしょうか?いま、私の携帯が圏外なものですから」
 瑞希は名前と自宅の電話番号を伝えた。
 自宅の電話番号を伝えたからには、母に言っておかなければならない。電話をかけると、父が出てきた。
 「お母さんは?」
 「いまお風呂に入ったとこ」 早い風呂である。まだ7時過ぎなのに。
 「じゃあ、お母さんに伝えておいて。デジカメをなくしたの。なくしたと思うところへ電話をかけて・・・。あ、いまね、私の携帯は圏外だから、友達の携帯を借りて電話してるの。だから、かけた先へは自宅の電話番号を伝えてるから、もし見つかったって電話があったら、『着払いで送ってください』ってお願いしてね」
 ちょっと長い伝言だったが、父は「わかった」と言ったので、瑞希は電話を切った。

 これですべて手は尽くした。とりあえず捜索は中断し、夕食をとることにした。
 まあ何とかなるだろう。
 レストランで、窓から夜空を見上げたが、霧が深く、ほとんど何も見えない。きれいな星空を期待していたのに、がっかりである。
 「デジカメがあったら・・・」と呟く瑞希に、友人の一人が言った。
 「携帯のカメラがあるよ」
 三人は、豪華な夕食メニューを囲んだ様子を写真におさめた。

 翌日、ホテルを出てから10分ほど経った頃、ようやく携帯電話は圏外から脱出した。途端に10数件のメールが届く。すべて母からである。最初のメールは「連絡ください」だけであるが、だんだん口調が激しくなっていき、「至急連絡せよ!」で終わっている。電報じゃあるまいし。
 留守番電話にも伝言が入っている。誰からだろうと、メッセージを再生した。

 「もしもし、私、神戸の原と申します。その携帯電話の持ち主、原瑞希の母でございます。この電話を拾っていただき、本当に有難うございます。恐れ入りますが、こちらの電話番号までご連絡いただけますか?お手数ですが、なにとぞよろしくお願い申しあげます」

 拾うも何も聞いているのは、瑞希本人である。何のことだろうと不思議に思っている時、電話が鳴った。母からである。
 「瑞希?大丈夫なの?携帯は?」
 「えっ?いま、かかってるけど。留守電のメッセージはどういうこと?」
 「携帯をなくしたんじゃないの?」
 「はあ?なくしたのはデジカメよ」
 「えっ?」

 どうやら父の勘違いのようである。確かに「デジカメをなくした」と最初に言ったが、あとで、「携帯が圏外だから、友達の携帯を借りている」とつけ加えた。それがいけなかったのだ。
 電話を切った後、母に伝えようと思った父は、聞いた内容を整理した。その結果、次の構図となった。

 「何かをなくした → 友人の携帯を借りている → 携帯をなくしたようだ」

 完全にデジカメは消去され、なくしたのは携帯になっている。
 それを母に伝えてしまった。
 「瑞希が携帯をなくしたみたいだ」

 あわてた母は、何度も瑞希の携帯へ電話をかけた。
 しかし、つながらない。八ヶ岳へ行く、と言っていたから、山中にでも落としたのだろうか?落とした瞬間にこわれたのだろうか?
 そんな状況のなか、自宅の電話が鳴った。瑞希からにちがいない。
 母はあわてて電話に出た。出ると、「あの~、ホウコウドウと申しますが」という男性の声が聞こえてきた。
 「ああ、放香堂さん?」とガッカリした。ちょうど、次の週末に法事があるので、お茶を注文していた。
 「この間注文したとおり、お茶は自宅のほうへ届けてください」
 「は?」
 「だから、お茶をね」
 「えっと、神戸へですか?」
 「そうですよ。届けていただけますよね」
 「宅急便ならお届けできますが・・・」
 「いつも、車で配達してくれるのに?宅急便?放香堂さんでしょ?」
 「はい、長野の芳香堂です。お嬢さんがデジカメをお忘れになって、こちらのお店にありましたので、お電話したんですが」
 ようやく母は気づいた。お茶を注文していたのは、元町の放香堂である。そして、いま電話で話をしているのは、長野の芳香堂。たまたま店の名前が同じだったから、勘違いしたのだ。

 ああどうしよう・・・。また瑞希に怒られる。それにしても、紛らしいのよ。同じ放香堂だなんて。だいたい瑞希は、なんで同じ名前の店でデジカメを忘れるのよ。
 そのとき、携帯電話のほかにデジカメまで紛失したことに、母は気づいた。

 「すみません、勘違いしてました。神戸にも同じ名前の店があるもんですから、てっきりそこかと思って。おほほほほ・・・。デジカメね。送ってください。携帯もあれば、送ってください。勿論着払いでお願いします」
 「携帯ですか?それはありませんが・・・」
 「え?携帯はありませんか?あら、困りましたわねぇ。もし見つかったら、いっしょに送ってください。お願いします。はい、では・・・ごめんくださいませ」
 電話を切った母は、傍らにいた父に告げた。
 「瑞希が携帯とデジカメを失くしたみたいなの。デジカメは見つかったけど、携帯は見つかってないわ。どうしよう」

 ここまで聞いた瑞希は、恥かしいやら呆れるやら、唖然としてしまった。
 「携帯はなくしてないから安心して。それから、芳香堂へ直接行って、デジカメを受け取って帰るからね」
 すると母は、ちょっと歯切れの悪い口調で、
 「あら、そう?芳香堂さんへ、くれぐれもよろしく伝えてね」
 と言うと、そそくさと電話を切った。

 なにかイヤな予感がする。さっき母が言ったことが全てだろうか。
 しかし、そもそもデジカメを失くしたのは自分だし、母に迷惑をかけたことには違いない。母も心配してくれていたのだ。それに見つかったから良しとするか。
 瑞希は思い直すことにした。

 芳香堂で、店の主人に迎えられた瑞希は、無事デジカメを受けとり、お礼を述べ、母の勘違いを詫びた。
 そこで、母が元町の放香堂とは違うと気づくまでの間に繰り広げられた、数々の勘違いを聞かされた。母の電話によると、気づくまでに数回のやりとりだったような話しぶりだったが、実際は随分時間がかかったようだ。
 まだ気づかない母に、ため息をつきながら、主人は「長野からお茶を送る場合、送料がこれだけいりますよ」と説明した。特に「長野」を強調して言ったらしい。
 すると、「ええっつ?長年のつきあいじゃないの。まけといてよ」と言ったらしい。言ったあとで、「長野?え?元町の放香堂さんじゃないの?」と、ようやく気づいたというのだ。
 瑞希は唖然とした。
 お母さんめ~、都合の悪いことは省略したな~。瑞希の怒りはだんだんボルテージがあがっていく。
 とにかく店の主人に平謝りをし、勿論よけいなお土産まで買う羽目になったことは言うまでもない。

 瑞希には申し訳ないが、私は大笑いした。当の瑞希は口をとがらせながら、まだぶつぶつ文句を言っている。
 「母はね、ほんとに天然っていうかなんていうか・・・」
 「まあまあ、そう怒らずに。お母さんも心配だったのよ」
 「今回の件で悟ったわ。忘れ物をしたときは、親をからめるもんじゃないって。よけい話がややこしくなるもの」
 何でも親任せの私には、なんとも耳の痛いセリフである。
 時計を見ると、とうに4時を過ぎている。デジカメ紛失騒動だけではないが、女2人が話し込むと、時間の経つのは早い。
 「さてと、そろそろ出ようか。お買い物もしたいし」
 私が促すと、瑞希が先に席をたち、レジへ向かおうとした。すかさず瑞希の背中に声をかけた。
 「忘れ物はない?」
 瑞希は、驚いてテーブルとイスの上を確認した。そして、「ない!」と苦笑いをうかべながら答えた。

(2007年9月 「忘れ物にはご用心!」 by とうのよりこ)

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