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2007年10月

泣き虫 「プーちん」

今朝はものすごい激痛で、目が覚めました。
でも、すぐには起き上がることができず、30分くらい泣きべそかきながら、
ベッドの上で七転八倒。
右手で左腕をひっぱり、斜め横の姿勢になって、やっと上体を起こしました。
時計を見ると、5時半。
座ると、少しだけ痛みも和らいできました。

気合をいれて、出勤したものの、今日は一日中痛くて。。。(涙)
半泣き状態で、帰りに接骨院の先生のもとへ。
「えっ?右肩骨折?どうして?」
一部始終を話すと、
「新聞記事見て、気の毒な人もいるもんだな~と思ってたら・・・」
「それは私」
「ああ、そうだったの・・・」
先生も、私にあわせて泣きそうな顔。

「こんなに痛いものなんですか?骨折って」
「捻挫と違うからね。
コルセットはガマンしてつけておかなきゃダメ。テーピングじゃ、
もたない。どれどれ、ちょっと失礼・・・。コルセットの状態は・・・」
そう言って、コルセットの締め具合を確認。
「ちょっと、緩めにつけてるね。背中に隙間が出来てるから、タオルを当てておいた
ほうがいいな」
というわけで、締め直してもらいました。
かなり前よりきつい!

「眠るときもね、お布団をつんで、もたれるようにしたほうがいい。横になっちゃうと
痛いし、起きるときはもっと大変でしょ?」
「至難の業!」
「熟睡はできないかもしれないけどね。痛みにくらべたら・・・。とにかく頑張って」
「はい!」
さっきまでの泣きべそはどこへやら。すっかり元気になりました(笑)。

さて、家に帰って早速、枕やらクッションやら積み上げて、ベッドで試してみました。
ほんと、起き上がるとき楽だし、横になってるより、ずいぶんマシです。
やっぱり接骨院へ行って良かった。。。

今日の私は、泣き虫 「プーちん」でしたね・・・(苦笑)。

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痛いけどがんばってます!

励ましメールにお電話をいただいたり、お見舞いに来てくださったり、ほんと有難うございます。

うーん・・・。
そうそう痛みがなくなるわけではありませんが、がんばって仕事してますよ。
つい右手が出て、「痛っ!」と叫んでますが。。。

いま一番苦労しているのは、髪の毛を後ろで束ねること。
右手が上がらないから、真ん中で束ねるのはムリ。
かなり上半身をよじらないと、右手が届かないの。。。
それと、ホットカーラーを巻けないから、ほとんどストレートヘアになってることも悲しいです。

服はだいぶ慣れましたよ。
「着るときは痛いほうから。脱ぐときは痛くないほうから」と、看護士さんに教えてもらいましたから。

ご飯は左手でスプーンとフォークで食べてます。
結構うまいんですよ。
以前、ちょっと練習したことがあるので。

まあ、そんな感じかしら。。。
今日は夕食後に、お見舞いのマスクメロンをいただきました。
とっても甘くて美味しかったです!

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テレビ局まで?

看板落下による右肩骨折の続報です。

今日あらためて、総合病院へ行きました。
これからはこの病院へ通院します。
レントゲン技師の方が、とーっても親切でかわいい女性だったんですよ。
着替えを手伝ってくれたり、洋服とクツを診察室に運んでくれたり。

さて、レントゲン写真による診察結果は!
「ああ、やっかいなところを骨折してますね。首に近いほうを折っててくれたら、治りが早いんですけど」
折っててくれたらって、「ここにしときま~す」で出来るもんじゃないですよね。
「うーん、最短で6週間。最長3ヶ月ってとこかな。手術したら早いけど。手術するのも勿体ないし」
勿体ない???
「キズも残っちゃうし。男性だったら、切っちゃうとこだけど・・・」
「はい。手術はイヤです。因みに手術したら、どのくらいかかるんですか?」
「約1週間の入院。でもね、手術したからって、治るとは限らなくて、また手術ってこともある」
「じゃあ、なおさらイヤだ」
「そうだよね。じゃあ、固定器具でねばってみますか?」
ねばる?
「こういう器具なんだけど」
差し出されたのは、肩用コルセット。
「えらそうに胸をはって!」
胸をはった状態で、まず両肩から鎖骨、脇、背部へとベルトをまわし、背部で左右に引っ張り、マジックテープでとめます。
でも、装着した感じは、「巨人の星」の星飛馬がつけてた「大リーグ養成ギプス」みたい。
これがまた、窮屈なの。
「寝るときは、背中の真ん中にタオルを敷いて、胸はって寝てね」
というわけで、今後は1~2週間ごとにレントゲンを撮って、様子を見ることになりました。

昨日は友人がお見舞いにきてくれて、ピンクのガーベラの花束とお菓子と本を持ってきてくれました。
私の話を聞いた友人は、「アンタは高島ちさ子か」と笑い転げてました。
なぜ、「高島ちさ子」と言ったかは、言えません・・・。
そうそう。この時、面白いネタを仕入れたので、また小説で紹介しますね!

ところで、今回の事故騒動。
新聞にも載っちゃったし、後でテレビ局もきてたらしいです。
今日は自宅へお見舞いの電話が殺到!
外出した母は、会う人会う人に聞かれたみたい。
「すごい悲鳴あげたらしいのね」
「痛いって言った気はする」
「ゴルフショップのおじさんが真っ先にかけつけてくれて、コロッケ屋さんは出ようとした時だったって。クリーニング屋さんとお好み焼き屋さんはお客さんの応対してたから、すぐ出れなかったって。他にもご近所の方でしょ。小学校時代のPTAでしょ」
「看板をどけてくれた数人は覚えてるけど。
もしかして、ものすごい人だかりだったってこと?」
「そうよ!」

ああ、なんてこと。。。
事故に遭うって、大変なんですね。

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ゴルフに行きた~い!(続「はじめての救急車」)

「はじめての救急車」の続きです。

昨夜は痛みであまりよく眠れませんでした。
右肩はちょっとでも動かすと痛いし(そりゃヒビが入ってるからね)、キーボードは、なんとか打てますが・・・。
打撲だけの右足も腫れてます。。。(涙)

昨日スクールですっごく調子が良かったんですよ。
これなら今度の月例はけっこういけるかも・・・って。
でも、このケガでまたお休みしないといけないので、逆戻りですね。
ふぅー、イメージトレーニングしとこっと。

友人からの励ましメールには笑っちゃいました。
「新聞に載るんじゃないの?」
これね、警察でも聞きました。
「新聞に載ります?」
「えっと、どうなるかわかりませんけど・・・」
「あのー、載るなら、名前と年齢はふせておいてくださいね」
「名前はともかく、年齢は・・・。今後の安全対策のために、子供だったのか、大人だったのか、お年寄りだったのかを地域へ知らせないとダメなんですよ」
「そうなんですか・・・」 (年齢、サバよんでくれないかしら)
というわけで、ドキドキしながら朝刊を開いてみたら・・・。

載ってました!!!
年、ばれた!!! 
しかも、重傷・・・。

ほかにも、笑えるメールをいただきました。
「そんなに当たるなら、天皇賞の馬券買ったら、大当たり!」
「宝くじ買ったほうがいい」
あのね・・・そういう問題?

スクール仲間の方からは、
「人生では、いいこと悪いことが決まってるから、今年いっぺんにケガがきただけ。来年からは、すっごくいいことがあるんだから、元気だして!右肩でしょ。ちょっと動かせるようになったら、パットの練習したらいいよ。右で打つクセが治る。良くなったら、ゴルフに行こう!」
なるほどね。。。

そう。11月はすでに3回予定が入ってるので、全部キャンセル。
今朝早速、神有へ来週の月例をキャンセルする電話をしましたが、フロントの女性もビックリしてました。
今日はとってもいいお天気だし、こうなってみると、よけいに思います。

ゴルフに行きた~い!!!

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カナダからのメール

甥っ子のことを書いた「カナダへのメール」。
やっと、返事がきました。

でも、とっても心配な内容で。。。
スキーで膝の靭帯を損傷したらしく、今週手術のため一時帰国するって。
「精神面の方は全然元気なので心配はいりません」
・・・って、いつのまにか大人になったみたいですね。

それにしても、甥っ子といい、私といい、
わが一族はたたられてるのでしょうか?(苦笑)

とにもかくにも、カナダから届いたメールに、両親は心配しつつも、大喜び。
早速、兄に電話した母。

「メール届いたわよ。ケガしたんだって?大丈夫なの?」
「スキーで靭帯損傷。日本で手術するから、明日には帰ってくるよ。でも、元気だから心配ないよ」
「そう、大ごとでなさそうだから、ちょっと安心したわ。こっちも大変だったのよ!(私に)カンバンがふってきて、右肩にヒビがはいったのよ」
「えっ?入院したの?」
「救急で診てもらって、今日は帰ってきてる。月曜日に会社の近くの病院へ行くって」
「そりゃとんだ災難だったね。でも、アタマとかじゃなくて、不幸中の幸いだよね。彼女の機嫌はどうなの?」
「ふてくされてるわよ。昔から病気になると、いっそうワガママになって、困ったもんだわ」
「ははは・・・、いかにもあの子らしいね。まあ、時間がたてば治るから、元気出すように言っといて」
「ありがと。じゃあ、あなたのとこも気をつけてね」

ご心配ありがとう、お兄ちゃま。
甥っ子と再会したら、痛みをわかちあいましょう。
場所は「どんどん」で!

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はじめての救急車

今日すごい突風でしたよね。
いっぱいモノが飛んでたので、危ないなぁ~と思ってたんです。

午前中ゴルフスクールへ行って、雨が降り出したので、そのまま三宮へ買い物に出かけました。
午後からも用事があったので、ぱぱっと買い物をすませて、お昼のテイクアウトピザを買って。
車をとめたあと、そのまま自宅へ向かえば良かったんだけど、なぜかラテが飲みたくなって、ヤマザキへ行きました。
今から思うと、ラテを買うか買わないかが、分かれ道だったんですよね。

通りを渡って、自宅のほうへ向かって歩き出しました。
近くの住宅販売会社の人が(2社あるんですけど)、小さな立て看板(道路に設置するタイプ)が倒れているのをかたづけてたので、大変だなぁ~と思いながら、通り過ぎました。

と、そのときです。
最初なにがぶつかってきたのかわかりませんでした。
右肩にものすごい衝撃がはしって、そのまま左横方向に倒れたんです。
「痛い!」 (あとで聞いたら、悲鳴をあげてたらしいです)
とにかく右肩が痛い。アゴも何かがすったのか、ちょっと痛みが走ってます。
目をあけると、右足の上に幅3メートルくらいの巨大な看板が乗っかってました。

なんなの、この看板は。どっから降ってきた?
右足を動かそうとしても、看板が重くて動きません。
右肩は激痛で動かないから、左手で看板をどけようとしても、重くて動かない。
まわりを見ました。
「たすけて・・・」
そのときの私の目には、すべての人がとまっているように見えました。
まるで、時がとまっているかのように、ピタッと。
このまま誰もきてくれなかったら、どうしよう。
こんなところで放置されたら、どうしよう。
助けを待ってる時間がものすごく長く感じられました。

「大丈夫?」
左横から男の人の声がしました。
見ると、数人の男性がかけよってきてくれて、看板を「せ~の!」と、どけてくれました。
やっと右足への重みはなくなりましたが、ひどい痛み。
「立てる?」と聞かれても、首を横にふることしかできず、もう半泣き状態。
後方で「救急車、救急車!」と叫ぶ声。

最初にかけつけてくれた人に、「すみません、携帯を」とバックを指差しました。
「これ?バックね。あけるよ。いいね?」
「はい」
とにかく自宅に電話しなきゃ。この散乱した買い物の袋を持って帰ってもらわなきゃ。
幸い、母が自宅にいたので、まずはひと安心。
「もしもし。看板が倒れてきたから動けないの。荷物とりにきて」
「えっ?」
青ざめてすっとんできた母は、私の姿を見て仰天。
でも、そのときの私は荷物のことしか頭になく、
「この荷物持って帰って。それと、いま救急車をよんでもらってるから、荷物おいたら、来てね」
とだけ頼みました。

別の人が倒れてきた看板の住宅販売会社へ連絡をとってくれたり、
また別の人は、「こんな立て方してるからアカンねん。お姉ちゃん、賠償してもらいな」とか、
「えらい災難やったけど、顔にあたらんで良かったな」とか、全く知らない人ばかりでしたが、
皆さん、すっごく心配してくれて。。。
ちゃんとお礼を言えませんでしたが、有難うございました!!!

待つこと5分。やっと救急車が到着しました。
救急隊員3名から状態を確認されて、救急車の中へ。
そのとき、警察官も1名いることに気づきました。
病院が決まるまで、少し時間がかかり、痛い私は「どこでもいいから早く運んで」の気分。
でも救急隊員さんて、親切なんですよね。
テレビで見るのと同じ。

はじめて乗った救急車は、思いのほか揺れましたね。
けっこうスピードも出てるように思えたし。
横になってたので、少しうとうとしてたんですけど、「救急車、通ります」という声がすごく近くで聞こえたのが、不思議。。。
人生初の救急車。
でも、ちょっと恥かしかったかな。
タンカって、結構高さがあるんですね。

今日は患者さんが多くって、レントゲンから診察まで、時間がかかりました。
事故にあったのが、1時半。診察が終わったのが4時すぎ。
その後 警察へ行って、事情を話して、結局帰宅したのは5時半。
すぐ自宅の側まで帰ってきてたのに、なんて長い道のりだったんでしょう。

診察結果は、右肩にヒビがはいってるので、全治1ヶ月。
右足は打撲だけですみました。
「あの~、いつからならゴルフしても大丈夫でしょうか?」
「経過によりますが、早くて12月。場合によっては来年ですね」
「えーーーーーーーーーーーーっ!?」
こんな事態になっても、ゴルフかい。。。(苦笑)

そうそう。最初に助けてくれた男性が病院まで来てくださったんです。
お名前を聞いても、「警察に言ってますから」と帰られたのですが、警察ではすぐに教えてくれませんでした。
本当に本当に有難うございました。

倒れてきた看板の会社の方も病院へ来られて、病院から警察経由で自宅まで送ってくれました。
最初はさんざん文句言っちゃいましたけどね。。。
だって、ほんとアタマに当たってたら、ヒビどころじゃすまないですよね。

今日行った病院は救急なので、来週からは近くの病院へ通います。
ああ、やっぱり今年は災難つづきだわ・・・(涙)。

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あとがき「秋の珍客」

昨日、掲載したエッセイ「秋の珍客」は、かれこれ9年前の出来事です。
「最近のことですか?」と、ご質問をいただきましたので。。。

その年は、イノシシが街中によく出没した年で、新聞記事にもなりましたね。
スーパーやコンビニの袋に敏感だと聞いたので、出来るだけ持たないように
してましたよ。

あと、タヌキもひょっこり現れたりしました。
最初、タヌキってわからなかったんですよ。
目だけがピカーッと光ってて、でも動かないから、「ぬいぐるみ?」と、
じぃーっと目を凝らして見たら、タヌキでした。

イノシシといい、タヌキといい、こんな街中に出てくるなんて、山に住みにくく
なったのかしら・・・と思っていたら、そのうち見なくなりましたね。
無事、山へ帰ったのかな?

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エッセイ「秋の珍客」

 「秋の珍客」  とうの よりこ

 あれは肌寒い秋の夜のこと。
 東京へ日帰り出張していた私が、ようやく新神戸に着いたのは11時すぎ。
 身体はもうへとへと。早く熱いお風呂に入って、身体をあたためたい。
 とても、地下鉄とバスを乗り継いで帰る気にはなれず、迷わずタクシーに乗り込んだ。
 タクシー代は出張旅費でおりないが、そんなことは言ってられない。
 とにかく一刻も早く家に帰りたい。
 あったかい湯船につかりたい。ただそれだけしか頭になかった。

 新神戸から自宅まで、タクシーなら約10分。タクシーに乗ると、必ず道を指定する。変な輩に引っかかったら、遠回りされるからである。
 幸い10分もかからず、自宅付近に着いた。タクシーを降り、横断歩道を渡る。ゆるい坂を上り、最初の路地を入れば、我が家はすぐそこである。
 「あともう少し・・・」と、心のなかでつぶやく私を突然呼び止める声がした。

 「お姉ちゃん、あかんで!」
 声がしたほうを見ると、通りに面した角の家人だった。ちょっとにぎやかなオバチャンである。
 近所づきあいがほとんどない町内なので、このオバチャンとも挨拶を交わす程度である。
 いったい何の用なのかと、やや不機嫌そうに「こんばんは」と挨拶した。
 オバチャンは、私の顔色など気にもせず、続ける。
 「イノシシがおるねん!」
 「は?」
 「イノシシ!」
 そう言われてもピンとこない。イノシシがいるはずもないだろう。だって、ここは街中だもの。
 そうして、オバチャンが指差すほうを訝しげに見た。
 なにやら黒い物体が、我が家の前をウロウロしている。犬でもない、なにか特別なカタチをした動物。
 黒ブタ?いや、ちがう。
 あれは紛れもない。
 そう、イノシシだ!

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エッセイ あとがき

2日連続でエッセイを掲載しました。

「たまにはピアノ」は、1日で書いたんですけど、
最初は「お稽古事は身につかず」というタイトルで、小さい頃から習ってきた数々の
お稽古事を書き連ねてたんですね。
「身につかず」とはいえ、よーく考えてみると、そ
こそこやってることに気づいたんです。
テニスのように全く合わなかった、っていうのはありますが・・・(笑)。
ピアノは好きだったけど、いまのゴルフと同じで、ちょっと人より時間がかかるけど、
頑張ればなんとかなる、というパターンでした。
それに、毎日ピアノを目にするので、使っていないことに心も痛むし、弾けたら楽しいなぁと
思うし。
久々に弾いてみて、「また練習してみようかな」という気になりました。

さて、「男の子?女の子!」。
母もエッセイを書くのですが、当時の私を書いた短いエッセイがあります。
それをベースにして、最初は童話風(プーちんの物語風)に書いてたんですけど、
しっくりこず、数年放置してました。
今回あらためて、子供の頃の私の視線で、エッセイとして、書き直しました。
ま、ちょっと恥かしい話ですけどね。

因みに、水着以外でも、常にボーイッシュな格好をさせられてました。
これは母の趣味ですね。。。(苦笑)

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エッセイ 「男の子?女の子!」

「男の子?女の子!」  とうのよりこ

 今年の夏も暑かった。年々暑さが増していく。10月に入って、ようやく涼しくなったが、果たして来年はどうなっているのか。考えるだけでも憂鬱である。
 「来年は、夏のゴルフを控えよう」と言う私に、母がつぶやく。
 「そう言えば、全然泳ぎに行かないわね。子供の頃、あんなにプールが好きだったのに」
 それもそうだな、と思う。最近は泳ぐどころか水着姿にもならない。これは年のせい。
 「小さいときなんか、お決まりの格好で、ほらそこ。玄関にちょこんと座って」
 母はそう言って、玄関を指さした。さした方へ目を遣ると、幼い私が座っているかのように見える。
 「赤いカンカン帽をかぶって、お兄ちゃんのお古の海パンと黄色い海水帽かかえて」
 母がくすくす笑う。つられて口元がゆるむ。

 かすかに覚えている。アルバムを見ると、証拠写真が残っているから事実なのだ。幼い私は、兄のおさがりの海水パンツと黄色い海水帽をかぶっている。
 あれは、私が3歳くらいの頃。正確な年はわからない。まだ自分が何者なのかわかっていなかった頃のことだ。
 名前だっていい加減に呼ばれていた。母は勝手に私を『プーちん』と呼んでいた。
 「ほっぺたがプーってふくれてて『プーちん』って感じだったから。愛情こめて呼んでたのよ。それに『プーちん』って呼ぶと、アナタ嬉しそうに返事してたわよ」
 と悪びれもせず言う。
 当たり前である。母親に呼ばれれば、嬉しそうに返事をするだろう。子供だもの。

 その『プーちん』と呼ばれていた私はプールが大好きだった。父親ゆずりの汗かきだった私は、梅雨に入るともう汗びっしょり。まるで頭から水をかぶったように汗をかいていた。タオルで拭いても拭いても、汗が吹き出してくる。つむじに噴水がくっついているようだった。
 まだクーラーもない時代、真夏の夜はとにかく寝苦しかった。扇風機の風は生ぬるく、むしろ網戸からこぼれ入る夜風のほうが涼しく感じられた。だから、夜風に少しでもあたりたくて、縁側ぎりぎりに寝る。板の間だから少々痛いが、木の感触が冷たく気持ち良い。それでも、朝になれば汗びっしょりだった。
 だから、水に対する抵抗はまったくなかった。私はプールが大好きだったのだ。毎日でもプールへ行きたかった。しかし、母は大のプール嫌い。三宮へなら毎日でも連れて行ってくれたが、プールへは渋々である。
 「あの水がダメなのよ。バイ菌がうじゃうじゃいそうで」
 だからプールへ行っても、母は絶対水の中には入らない。いつもプールサイドで見ているだけである。
 頼りは父だけである。しかし、仕事が忙しいからなかなか連れて行ってくれない。大抵の休日は、休養したいらしく家でゴロゴロしている。「連れて行ってほしいなあ」と目で訴えかけても、あまり通じない。仕方がないので、お風呂に水を張って我慢をする。小さい私には、お風呂でも充分広い。

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エッセイ 「たまにはピアノ」

「たまにはピアノ」  とうのよりこ

 我が家にピアノがやってきた日のことは、忘れられない。小学校から帰ってきた私は、目を疑った。欲しくて欲しくてたまらなかったピアノが、リビングにあるのだ。
 「これ、どうしたの?」
 「買ったのよ」
 母は、にんまり笑った。
 「ちょっと変わってるでしょ」という通り、一風変わったピアノだった。一般的にピアノといえば、黒が主流である。だが、目の前にあるピアノは、ライトブラウン。イスもベンチシートで、フタを開けると、楽譜が収納できるようになっている。
 「たまたま楽器店の前を通りかかったら、これが見えてね。店のご主人に聞いたら、輸出用に数台作ったんだって。小さな家でもこのサイズならジャマにならないでしょうって。それに、ちょっと値段も安かったの。まさに我が家にピッタリよね」
 価格の安さもそうだが、ありきたりのピアノと違うところが、気に入った理由のようだ。いかにも、ユニークさを好む母らしい。

 「ちゃんと練習するのよ」
 母に言われて、私は素直に頷いた。この時は、まだピアノに熱中していたので、すぐに練習をはじめた。
 「ド」を軽くたたいてみる。ボーン・・・。
 なんて、なんて、キレイな音。はねるように部屋に響きわたる。私は興奮した。楽譜を取り出し、夕食までひたすら練習した。

 その姿に、母はいたくご満悦だった。私をピアニストにしようだなんて考える母ではない。ただ、子供の才能を伸ばしてやりたい、それだけである。だから、私が「絵を習いたい」と言えば絵画教室。「お習字がうまくなりたい」と言えば、習字教室。ピアノも私のひとことから習い始めた。「ピアノをやってみたい」。

 しかし、私は元来飽き性である。なんでも習い始めは一生懸命。それがある日突然、プツンと熱がさめる。ある程度のレベルに達すると、満足してしまう。とことん極めることはない。
 現在にいたるまでのお稽古事は、絵画に始まり、習字、ピアノ、バレエ、英文タイプ、英会話、お茶、お花、料理、テニス、そしてゴルフ。母曰く、「続いているのはゴルフだけ」。確かに、ゴルフが続いているのは奇跡に等しいかもしれない。

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「はじめてのボタン」

通勤には市バスを利用しています。
乗り継ぎをするので、ちょっと時間はかかりますが、慣れれば快適です。


でも慣れるまでは、苦手でした。
昔の時刻表って、かなりアバウトだったんですよ。
「2~5分間隔」なんて表示で、「前のバスはいつ行ったの?」「いつを目安にすればいいの?」と素朴な疑問を抱いてました。
それが時刻表が表示されるようになると、時間通り来なくて、イライラ。
朝はギュウギュウ詰めだし、神戸って坂が多いでしょ。立ってると、こわくて・・・。
だから、一時はどこへ行くのも車でした。


ちょっとしたきっかけで、市バス通勤に変えたんですが、その頃になると、ほぼ時刻通りに来るようになっていたし、何より座れるから寝れる!
創作する以外は、朝のバスの中では寝てるか、ぼーっと景色を眺めてます。
帰りもぼんやりしていることが多いんですが、時々車中の光景にほのぼのすることがあります。
そんなほのぼのしたできごとをエッセイにしてみました。
実際の会話は、ほとんど聞こえなかったので、かなりエッセンスを加えています。



「はじめてのボタン」  とうのよりこ

ある日のこと。
まだ3~4歳の男の子を連れた若い女性が乗ってきました。
夜の10時前後だったので、仕事帰りに、わが子を保育所から引き取って帰るところだったんでしょう。
男の子は眠い目をこすりながら、お母さんに甘え、今日のできごとを一生懸命報告。
お母さんも、疲れた身体を座席にもたれかけながら、「うん、うん、そっか~」と聞いています。


市バスは降車ボタンで運転手に降りることを知らせます。
興味をもった男の子は、まわりの人がボタンを押すたびに、じっと見つめています。
やがて、「ね、ね。お母さん、ボタン押していい?」と降車ボタンを指差しながら、お母さんに聞きました。
「いいよ。降りるところになったらね」と、お母さん。
ヤッターと、男の子は喜び、「どこ?次?」と聞きます。
「次の次の次にとまるところ。お母さんが教えてあげるから」
お母さんにそう言われて、男の子はちっちゃな指を数え始めました。
「次とまった。あ、次の次」
バスが停まると、お母さんのほうを向きます。お母さんは、「うん、うん」と少し疲れた笑顔で頷きます。
「次とまった。あ、次。お母さん。次だよね」
「そうよ。押していいよ」
「いいの?」
「押しなさい」
嬉しそうに、男の子はボタンを押しました。
<<ピンポーン>>という音の後に、<<次とまります>>のアナウンス。
よほど嬉しかったんでしょうね。男の子は、すでに赤ランプのついたボタンを何回も押しています。


バスが停まり、二人は降りていきました。仲良く手をつないで。
「明日もボタン押そうね」という声が聞こえてきそうな後姿でした。

(2007年10月 「はじめてのボタン」 by とうのよりこ)

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