「はじめてのボタン」
通勤には市バスを利用しています。
乗り継ぎをするので、ちょっと時間はかかりますが、慣れれば快適です。
でも慣れるまでは、苦手でした。
昔の時刻表って、かなりアバウトだったんですよ。
「2~5分間隔」なんて表示で、「前のバスはいつ行ったの?」「いつを目安にすればいいの?」と素朴な疑問を抱いてました。
それが時刻表が表示されるようになると、時間通り来なくて、イライラ。
朝はギュウギュウ詰めだし、神戸って坂が多いでしょ。立ってると、こわくて・・・。
だから、一時はどこへ行くのも車でした。
ちょっとしたきっかけで、市バス通勤に変えたんですが、その頃になると、ほぼ時刻通りに来るようになっていたし、何より座れるから寝れる!
創作する以外は、朝のバスの中では寝てるか、ぼーっと景色を眺めてます。
帰りもぼんやりしていることが多いんですが、時々車中の光景にほのぼのすることがあります。
そんなほのぼのしたできごとをエッセイにしてみました。
実際の会話は、ほとんど聞こえなかったので、かなりエッセンスを加えています。
「はじめてのボタン」 とうのよりこ
ある日のこと。
まだ3~4歳の男の子を連れた若い女性が乗ってきました。
夜の10時前後だったので、仕事帰りに、わが子を保育所から引き取って帰るところだったんでしょう。
男の子は眠い目をこすりながら、お母さんに甘え、今日のできごとを一生懸命報告。
お母さんも、疲れた身体を座席にもたれかけながら、「うん、うん、そっか~」と聞いています。
市バスは降車ボタンで運転手に降りることを知らせます。
興味をもった男の子は、まわりの人がボタンを押すたびに、じっと見つめています。
やがて、「ね、ね。お母さん、ボタン押していい?」と降車ボタンを指差しながら、お母さんに聞きました。
「いいよ。降りるところになったらね」と、お母さん。
ヤッターと、男の子は喜び、「どこ?次?」と聞きます。
「次の次の次にとまるところ。お母さんが教えてあげるから」
お母さんにそう言われて、男の子はちっちゃな指を数え始めました。
「次とまった。あ、次の次」
バスが停まると、お母さんのほうを向きます。お母さんは、「うん、うん」と少し疲れた笑顔で頷きます。
「次とまった。あ、次。お母さん。次だよね」
「そうよ。押していいよ」
「いいの?」
「押しなさい」
嬉しそうに、男の子はボタンを押しました。
<<ピンポーン>>という音の後に、<<次とまります>>のアナウンス。
よほど嬉しかったんでしょうね。男の子は、すでに赤ランプのついたボタンを何回も押しています。
バスが停まり、二人は降りていきました。仲良く手をつないで。
「明日もボタン押そうね」という声が聞こえてきそうな後姿でした。
(2007年10月 「はじめてのボタン」 by とうのよりこ)
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