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2013年3月

母のこと(29)

父の提案で、買い物に行こうということになった。
朝起きて、少し体調が悪かった母だったが、
「買い物」と聞くと、急に元気になり、「今すぐ行こう」と言った。

日曜日のお昼となると、大丸、そごうは人が多い。
ハーバーランドのイズミヤか、ライフか。

「ライフなら、家族亭があるね・・・。ライフにしようか」
ということで、ライフに決まった。
「タクシーで行こう」と父。
「車、出すよ」
「いや、(ワタシが)疲れるから、やめとこ」
「ああ、ワタシがヒステリーを起こすから、やめとこうってことね」
と言うと、ニヤッと笑う父。

表通りまで行き、タクシーを拾った。
車椅子からタクシーに乗せるまでがひと苦労。
着いたら、タクシーから車椅子に乗せるのも、またひと苦労。
こっちも大変だが、当の母も、なんだかぐったりしている。

席に着くなり、
「疲れた。帰りたい」
出かけるまでは、あれだけはしゃいでいたのに、である。
「せっかく此処まで来たから、お蕎麦だけは食べて帰ろうね」

この頃は、食べるときも少し介助が必要なので、ワタシはささっと食べなければならない。
母は、前歯が2本抜けたせいか、よくこぼす。
こぼした蕎麦をとったり、蕎麦をお椀にうつしたりと、案外忙しい。

家族亭を出て、イズミヤへ入ると、ミスタードーナッツの出店を見つけた。
「ドーナッツ、買って帰ろう!」
母も嬉しそうに選んだ。

すぐにでも帰りたい母だったが、父がイズミヤの店内をぐるっと一周だけしようと、車椅子を押して行った。
ワタシは、急いで夕食のおかずを見てまわり、入口で待つ両親と合流し、タクシーを拾い、家へ帰った。(結局、また三宮へ買い物に出かけたのだが。)

家に着き、ぐったりした母を部屋にあげるのも、ひと苦労だった。
やはり久しぶりの買い物に疲れたのだろう。
息苦しい様子だったので、酸素吸入をした。

少しすると、楽になったのか、「ドーナッツ、食べる」。
何かを食べたいと言うのは、元気になったというサインだ。
ただ、食べることしか楽しみがないので、好きなようにさせているが、
食べたあと、必ず、「お腹いっぱい。胃が苦しい」と言う。
胃薬を飲み、「苦しい、苦しい」とうったえ、
しばらくして、調子がもどると、またお菓子を食べる。
この繰り返しだ。
そして、決まって言うセリフは、
「明日になったら、食べれないかもしれない」である。
もしかしたら、そうかもしれないと思う父とワタシは、つい甘くなり、せっせと胃薬を飲ませている。

さて、次の買い物は・・・。
もう少し歩く練習をして、母が自信をつけてから、ということになった。

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母のこと(28)

昨日はお天気も良く、暖かかったので、家の前を散歩した。
が、3軒先まで歩いたところで、「しんどい」とギブアップ。

やはり、足のむくみのせいもあるのだろう。
ずいぶんと腫れていて、お薬を処方してもらっているが、なかなか効かない。
トイレも近くなり、その移動で疲れるのだろうか。

口数も少なくなり、寝る時間も前より長くなってきた。

前歯も2本抜けた。
今の年まで、全部自分の歯であることが自慢だったのに、
「歯抜けババア」になってしまった。

「ちゃんと歯磨きしないとダメよ」
介助すれば歯を磨くのだが、普段は父もそこまで気がまわらない。
「好きなおかきも、食べれなくなっちゃうよ」と言うと、実に残念そうな表情になる。

少しでも何か刺激を、と思い、夕食のおかずの天然ブリを一緒に焼いた。
夕食のあとは、アルバムを見て、過ごした。
アルバムには、亡き叔母もうつっていて、
「もう、いない人・・・」と、母がつぶやいた。

” アルバムの中には、いっぱい思い出がつまっている。
  皆、若くて、元気で、楽しかった。
  あの頃が懐かしい。”

そんな心情だったのだろうか・・・。

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DS「英語漬け」

ワーキングの打上げの席で、英会話教室の講師と話す機会があった。

以前勤めていた貿易商社では、ほぼ毎日英語を使っていたが、
辞めて以来、英語からは遠ざかっていた。
時々、思い出したように、英語の本を読んだりするくらい。

英語を話すときは、頭のスイッチを切り換える。
しかし、その感覚も使っていないと、うまくつかめない。

とにかく、覚えている単語をひねり出しながら、
「約10年前は貿易商社に勤めていたので、
その頃はなんとか英会話ができていたが、
今はまったく忘れてしまったので、喋れないんです」
と言った。

「英語を話せてますよ」と講師の方。
「まさかー! 全然、単語が出てこないもの!」

さすがに、この一件は、へこんだ。
日常英会話が出来る程度だったが、
それすら出来なくなっていることは、ちょっとショックだった。

帰宅して、愛読書の「東後勝明の英会話・きょうの表現」を読み、
ああ、こう言えば良かった、と悔しがったりもした。

おや、待てよ。
もっと良いものがあった。
DSの「英語漬け」ソフトを買い、しばらく使っていた。
早速、書棚から取り出し、スイッチオン。
記録が残っていて、判定が最高の「S」になっている。

ちょっとやってみよう。

トレーニングは初心者からレベル6まで。
レベル1でやってみると、簡単だったので、英語力判定をしてみることに。

結果は・・・B!(旅行でなんとか使えるレベル)
ああ、やっぱり落ちてる・・・。

この日以来、毎夜「英語漬け」をしてから、寝ている。
因みに、トレーニングレベルを上げると、書き取りが追いつかない。
あと、耳が悪くなってるのか、(年のせい?)
「え?なんて?」というコトが多い。

まあ、当分続けてみよう。
とりあえず、三日坊主にはなってない。。。

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母のこと(27)

今年から、日記をつけている。
正しくは、母のかわりに、である。

もともと、母は日記を書いていた。
が、去年倒れて以来、途絶えがちになり、
「明日からきちんと書こう」
と書くものの、字も内容も乱れはじめ、
「文字が書けない・・・。書く気がおこらない」。

少しでも気がまぎれれば、
(文字を書くことで認知症の進行もおさえられるかという思いもあり)
父が日記帳をプレゼントした。

しかし、いっこうに書こうとしないので、ワタシがかわりに書いている。
平日の昼間のことは、父に何か変わったことがなかったかと聞き、
たいして無いので、もっぱら何を食べたかになっている。

母は、起きていてもすることがないので、早めに寝かせろと言い、
10時には寝ている。
ただし、夜中と早朝に「トイレ」と、父を起こす。
当然、父は寝不足になり、週に1回はこのことでケンカになる。

「そろそろ施設へ入ってもらおうか・・・」
父も高齢である。
しかし、そうはいっても、入るところがなかなか無い。
(財力があれば、どこでもあるのだが・・・。)

このことで、ずいぶん憂鬱になった。
先の見えないトンネルの中に入りこんだような気分だった。

そんなとき。
めざましテレビで、「ペコロスの母に会いに行く」というマンガがあることを知った。
少ししてBSプレミアムでドラマがあり、号泣につぐ号泣。
原作が読みたくなり、ジュンク堂へ行くと・・・、
あった!
買ってすぐ、一気に読んだ。
過去と現在が交錯し、実にフシギな世界観である。
母親のことを愛おしく思う気持ちが、心がしみわたってくる。

ワタシは・・・?
確かに母のことが大好きで、大事に思っている。
だけど、下の世話や、無理難題を言われると、ヒステリックになってしまう。
きつく言ったあとで、しょんぼりしている母を見ると、
なんとも切ない思いにかられ、また甘やかし、
同じことの繰り返しである。

昨夜のこと。
「お母さんは良いわねぇ。親孝行の娘をもって」
「ほんと。やさしい良い娘でよかったわ」
「でもさー、ワタシがババアになったときは、誰もみてくれる人がおらへんねんよ。
お母さん、化けて出てきて、世話してくれる?」
「うん。世話しに出てくる」
「そんな、アホなー」

こんな会話も、いつまで出来るのだろうか?

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3月の合同月例は風が冷たく

3月3日は神有カントリーの合同月例。

先月の合同月例が暖かかっただけに、
吹く風が冷たかったので、ちょっと肌寒く感じた。

スコアは・・・もっと寒かった・・・。
なんせ4パットが4回!
なんでこんなに下手なんだろう~~~。

プレー中も言ったことだが、
「ワタシって、グリーンにのると、安心しちゃって、
緊張感がなくなるんだと思います。
ほんと集中力がないなー。」

この日は、昼待ちと午後から各ホール待ちで、
さらに集中力が途切れ、最後は自滅。
あーあ。
疲れるばかりなり。。。

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