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2013年9月

痛い痛い病

20日、久しぶりに行ったゴルフで、ワーストスコアをたたいた。
この日は、身体もだる重かった。
最近、常時、首の痛みに苦しんでいる。
加えて、足腰にも力が入らず、歩くのも、つらい。
後半は、クラブをふるのもつらく感じるほど、全身どこもかしこも痛くなった。

さすがに翌日曜日は、ぐったりだった。
父に、平日の夕食は、先にすませてくれるよう頼んだ。
両親が待っていると考えるだけで、ストレスになっていた。

だが、睡眠不足はいっこうに解消されない。

昨日(土曜日)、身体をひきずるようにして、かかりつけの医者のもとへ。
とにかく、首の左側の痛みがつらいとうったえ、痛み止めの注射をうってもらった。
少し休ませてもらい、もう1本右にもうった。

「とにかく睡眠をとるように」と医者に言われた。

帰宅して、軽く昼食をとり、そのあと少し眠った。
痛みはだいぶマシになった。
ただ、注射 2本をうったので、効きすぎたようだ。

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母のこと(45)

3日前から、母がまた日記を書いている。

ワタシが知る限り、ずっと母は日記をつけていた。
それが、昨年6月の入院から途切れるようになり、
そのうち文字を書きたくないと言い出すようになり、
ある日を境に、ぱったり書かなくなった。

なぜ?

母は、字がうまい。
ところが、母の字がだんだん小さくなり、文字のバランスも悪く、まっすぐ書けなくなった。
漢字もところどころ間違えるようになった。

人一倍プライドの高い母にとって、そんな文字をさらけ出すのはイヤだったのだろう。
これは他にもいえることだった。
何もしたくない。
つまり、出来ないことを知るのも、知られるのもイヤ。
だから、何もしない。
それでも、何かをしないと、という気持ちはある。

今年も日記帳を買ってきたが、母は1ページも書いていない。
いつか書いてくれるかも・・・と期待をこめて、ワタシが書いている。
とはいえ、毎日続けるのは大変だ。
母はよく何十年も日記を書き続けてきたと感心する。

横着娘のワタシが毎日書けることといえば・・・
・体調のこと
・何の薬を飲んだか
・排便のこと
・夕食のメニュー (休日なら朝食から)
あとは、特に感情が高ぶったことなど。

それでも、仕事で疲れているときは、サボる。
日記帳を開いて、まとめて書くのだが、
先週、木曜日の夕食が何だったのかが思い出せなかった。

「お母さん、何食べたっけ?」
「忘れた」
「お父さん、木曜日の晩御飯、何だったっけ?」
「さぁ、何やったかいな・・・」

両親の記憶だよりにするワタシが悪い。
さて何だったか、しぼりだすように記憶を呼び起こした。

そんなワタシを看ていた母がぽつり。
「書かなアカンわ」
まだ思い出している途中のワタシは
「お母さん、書いといてよ」
と切りかえした。

「うん・・・、書くわ。ノート買っといて」

また気まぐれかもしれない。
だけど書くかもしれない。

翌日、コンビニで小さなノートを買ってきて、ベッドテーブルに置いておいた。

昨日、ノートを開いてみた。
2、3行程度だが、書いている!

今日は、
「16日
   さるのぬいぐるみ、おまんじゅう、あめなど(*)をいただいてきて食べた。」
と、割としっかりとした文字で書いていた。
(* ディサービスで、敬老の日のお祝いにもらってきたものだ。)

続くと良いな。

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母のこと(44)

今日は敬老の日。
朝、町内会の方が敬老の日のお祝いを持ってきてくれた。
「今年から始めたんですけど、ビックリするくらいの中身ですよ!」
父に渡すと、中を見てくれと言うので、のぞいてみた。
ビックリするくらい・・・とは言うけれど、気持ちである。
金額じゃなく、有難いと思う。

この頃はまだ晴れていた。
が、台風が近づいているため、だんだんうっとうしい天気になってきた。
雨が降る前になると、首の後ろから右肩にかけて、痛む。
いわゆる古傷(*)である。
(* 6年前、看板が落ちてきて、右肩を骨折した。
    医者は後遺症が出るかもしれない、と言ったが、
    しっかり後遺症は出ている。)

昨夜は胃腸の調子が悪く、吐き戻し、あまり体調は良くない。
少しでも休みたいけれど、ヘルパーさんが来ない日曜日はフル稼働。

朝ごはん → 身体拭き → 薬 → 目薬 → 歯磨き → 寝かしつけるために、身体をマッサージ → 寝る → そーっと2Fへ → ベッドに横たわったとたん、「よりちゃーん!」と階段下から叫ぶ母。 → また1Fへ。

これがエンエンと続く。
痛みも疲れもピークになるのが夕方。
呼ばれてもシカトしていると、父のヒステリー。
それを聞くと、仕方なく、階下へ。
だんだん、両親ともに腹が立ってくる。

今日は、母にずいぶんひどいことを言った。
数秒前のことを忘れてしまうから、言ってもせん無いことなのだが、感情は抑えきれない。
けれど、なぜあんなことを言ってしまったのだろうと、後悔の念におそわれる。

父も複雑な思いをかかえているのだろうが、もう少し優しくなれないだろうか。
今でも優しいときは優しいのだが。
・・・ふと、ワタシは父の性格に似ているな、と思った。

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母のこと(43)

父は総入れ歯だが、
母はすべて自分の歯が自慢だ。
ところが、要介護になってから、下の前歯が2本抜けた。

最初の歯が抜けたとき、歯医者へ連れて行ったが、
「通院は大変でしょう」と、根元の処置のみ。
2本目のときは、歯医者へ行ける状態ではなく、そのまま放置。

先週の金曜日、右の奥歯が抜けた。
歯磨きのあと、
「ぐらぐらしてる。痛い。抜けそう」と母。
「困ったねぇ」

しばらくすると、「何か食べたい」と言うので、
お菓子を食べさせると、
「あ、抜けた。すっきりした」
「甘いものばっかり食べてると、歯ぬけババアになっちゃうよ」
「かまへん。もう歯ぬけババアやもん」

いまや食べることしか楽しみがない母にとって、
歯が抜けることより、お菓子を食べられないほうが苦痛なのだ。

翌、土曜日のこと。
ディサービスへ送りだしたあと、少し寝ようかなぁと思いつつ、
甘いものが食べたくなり、ミルキーをひとつほおばった。
ミルキーは食べ出すと、とまらない。
またひとつ、もうひとつ・・・と、むしゃむしゃ。

ガリッ!
イヤな音がした。
あわてて出すと、案の定、歯のつめものが取れていた。
ああ、やっちゃった。

歯医者へ電話すると、
「今すぐなら空いてます!」
「すぐ行きます!!!」

母にえらそうに言えたもんじゃない。
私は歯医者へ行けるから良いものの、である。

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母のこと(42)

昨夜のこと。

父の機嫌が悪く、母が「もう死んでしまいたい」と言った。
「なぜそんなことを言うの?」と聞くと、
「毎日考えている。生きているのがつらい」とも。

全身の力がぬけていくような感覚だった。
毎日毎日、身を削るような思いをして、介護と仕事を両立させている”つもり”だった。
だが、当の母は、”つらい”という感情しかなかったのだ。

大粒の涙がこぼれてきた。
「そんなこと、言わんとって。元気に生きとって」
「ありがとう、こんなお母さんのために泣いてくれて」

”こんなお母さん”という言葉が、また涙を助長させた。
「”こんなお母さん”なんて、言わんとって!」
「お母さん、元気になりたい・・・」

二人して、トイレの中で泣いた。


今朝、少し寝坊して、1Fにおりると、母がお菓子を食べていた。
「お腹すいたの?」
「うん」

すぐに朝食を用意した。
「昨日、泣いたから、目腫れてるわ」と言うと、
「なんで泣いたん?」と母。
「昨日、ワンワン泣いたでしょ、トイレの中で」
「・・・忘れた」
「ええっ!? あんな感動的なこと、忘れちゃったのぉ???」
「うん」
「・・・」

新しいことは忘れるが、昔のことは覚えている。
それが今の母である。

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母のこと(41)

9月から、水曜日を除き、ディサービスへ行くことになった。
水曜日は月2回、内科医往診があるから、はずしている。

「先生が来ない週は行くようにしたら?」
と言ってみたのだが、なんだか渋る父。

ところが、この水曜日に、父の大ヒステリー事件が起きてしまった!
昨日は天気が悪かったこともある。
一日中、母のお守り。
兄と甥がお見舞いに来たので、少しは気分転換になったと思うのだが、
夜になり、父のイライラ度はピークに達してしまった。

ちょうどワタシも頭痛がひどく、帰りに病院へ寄り、
首に注射をうってもらってきたところ。
クタクタの状態で、両親双方から言われると、ほんとにツライ。
ワタシのほうが泣きたいくらい。

今日は午前半休をとったので、訪問看護師さんに相談してみた。
「水曜日もディサービスへ行ったら、どう?
ご両親がツノつきあわせているくらいなら、
少しの間でも離れているほうが良いわよ。」

このことを、父に伝えたところ、
「そうやなぁ、どうやろうなぁ・・・。」
まったく煮え切らない。

「とりあえず、やってみれば良いのにっ!」
とも言えず、来週の水曜日が恐怖である。

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