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2013年10月

母のこと(50)

猛暑をなんとか乗り越えられたけれど、
母の介護が楽になるわけではなかった。

10月 1週目の金曜日。
父がとうとうダウンしてしまい、ヘルパーさんが来るまで、
私が母を看なければならず、午前半休に。

なんとか父が回復したので、ホッとしたのもつかの間、夜中に母が転倒した。
「痛い、痛い。救急車を呼んで!」
これまで、この言葉を信じ、病院へ連れて行き、異常なし。
またか・・・と思っていたら、骨折していた。
2週目の水曜日に入院したので、木曜日は病院へつきそうため、1日休暇をとった。

2週連続で休暇をとったことはない。
が、まさか3週連続となろうとは・・・。

ノドの痛みが出始めたのは、3週目の日曜日から。
母の病院へ2日連続で行き、疲れを感じていた。
しかし、この週は仕事の都合で休めなかったので、熱をおして出勤した。
水曜日の午後からは、かなり熱が出ていたと思う。
途中トイレへ行ったとき、ぐったりして、しばらく立ち上がれなかった。
その夜、満足に食事もとれず、薬を飲み、倒れこむように休んだ。

そして、翌木曜日から日曜日まで、4日間寝こんでしまった。
すっかり体重もダウン。
病で痩せこけるとは言うが、本当にそのとおりだと、
鏡にうつるわが身を見て、そう思った。

昨日(土曜日)、久々に母の見舞いに行った。
リハビリで、少し歩けたので、安心した。
が、ワガママ度は相変わらずだった。

「家に帰る。一緒に帰ろう。
蛍光灯を見つめて過ごすのはイヤ。
さびしい。帰らんといて。
こんな状態なら、死んだほうがマシ。
連れて帰って。」

母の気持ちはよくわかる。
私も入院嫌いで、
夜中に「迎えに来て!」と母を呼びつけ、さっさと退院したことがある。
しかも2回。

母が「帰りたい。連れて帰って。」と言うたび、
つくづく、私は母に似たのだなぁ、と思う。

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母のこと(49)

昨日、今日と2日続けて、母が入院している病院へ行った。
父は「もうこの世の終わりみたいだ」と心配していたが、
熱がひいたせいか、案外、元気な様子だった。
ただ、喉に痰がからまっているので、始終ゴロゴロという音がし、
痰吸引が必要だった。

「なんか飲みたい。喉が渇いた。」
コンビニで買った紅茶を出すと、ストローでゴクゴク飲む。
一気に飲むと、むせるから、休憩しながら、全部飲んだ。
そのあと、痰吸引となったが・・・。

紅茶の次は、「カルピスが飲みたい。」
自販機に売ってないので、コンビニへ行こうかと思い、
看護師さんに場所を聞くと、かなり歩かなければならない距離らしい。
フルーツミックスでガマンしてもらおうと買うと、
看護師さんが「トロミをつけましょう」と、少し皿にうつし、トロミをつけてくれた。
だが、この量では納得しないだろうなぁと思って、飲ませると、
やはり「もっと欲しい!」と言う。
「トロミを・・・」とお願いするのも面倒なので、そのまま飲んでもらった。
ゴクゴクと飲む母を見ている限り、「この世の終わり」という感じはしない。

ただし、骨折しているので、動かすのはおそるおそる。
「痛い!」と悲鳴をあげられると、看護師さんとヘルパーさんにお願いせざるを得ない。
体位を変換したあとで、
「よくベッドの上で動いてますよ。見に来たら、90度くらい回転してました。」
と、ヘルパーさんが笑っていた。

意識がはっきりすると、決まって出るセリフが
「家へ帰りたい!」と、「生きてたって仕様がない。死んでしまいたい!」である。
いったんイヤと思うと、とことんイヤと思う性質なので、
「お父さんを呼んで! 家へ帰る!」と、繰り返す。

なだめきれず、
「明日、お父さんを連れてくるからね。」
あとは看護師さんにお願いして、いったん退散した。

今日、父と病院へ。
「家へ帰る!」を忘れたのか、しばらく大人しくしていたが、
ハタと思い出し、また「家へ帰る!」を連発した。
父と二人にして、話をしてもらった。

途中、叔母がお見舞いに来てくれたので、気分転換になったのか、
和やかな時間を過ごしていた。
叔母が帰り、さあ私達もそろそろ・・・という時になると、
「二人とも帰ったら、私はどうしたら良いの?」と、ごねる。

看護師さんを呼びに行き、母をなだめるようお願いし、
その間に帰ってきた。
少々かわいそうだが、一人で過ごすことにも慣れてもらわなければ。
先はまだ長いのだから。

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母のこと(48)

昨日、今日は父が、母の病院へ行ってくれた。
「どうだった?」と聞くと、
深刻そうな表情で話しはじめた。

「小そうなってな、なんていうか、この世の終わりみたいな感じ。
痰がつまったらしく、酸素マスクしとったわ。
酸素量も88まで落ちてたらしくて。」
「食事は?」
「ヘルパーさんに、無理やり食べさせられとった。」
「紅茶は飲んだ?」
「いいや、飲まなかった。」
「そう・・・。」
「明日行って、どんな感じか見てきてくれるか?」
「どんな感じって?」
「お父さんが受けた印象どおりなのか。このままアカンような気もするねん。」
「えっ?」

そう言われると、不安になる。
骨粗鬆の注射の件もあったので、すぐ病院へ電話した。
「微熱が出たので、氷枕をしてます。あと、抗生物質の点滴を。」
「酸素量はどうです?」
「91~92あたりで、良いときは96あります。」
「お聞きになってると思いますけど、以前、心不全を起こしてますから。」
「うかがってます。今日、心臓のCTも撮りました。」
「循環器の先生に診てもらったのですか?」
「内科の先生です。医師は24時間常駐してますから。」

少し安心した。
父に伝えると、いまひとつわからないのか、何度も同じことを聞かれた。
そして、同じことを言われた。
「明日行って、どんな感じか見てきてくれるか?」
私はまた不安になる。

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母のこと(47)

母がまた入院した。

今度は左足の付け根あたりの骨折。
数日前に転倒して以来、「痛い、痛い」と言っていたが、やはり折れていた。

今度は少し遠い病院で、カーナビだよりで迷いながら、ようやくたどり着いた。
痛みのせいか、ぐったりの母。
元気がない。
また小さくなったように思う。

ただ、父も私も介護で限界に達していたので、
母の入院は、私達にとって、ちょうど良い休養でもある。

だが、骨折は認知症が進むので、この先不安だ。
早めにリハビリをして、歩けるようになれば良いのだが。

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母のこと(46)

母がまた転倒した。
土曜日の早朝のことだ。

夜は、トイレまで行くのが大変なので、
ベッドの傍にあるポータブルを使ってもらうようにしている。
たぶん、手すりをもって立ち上がるとき、バランスを失ったのだろう。
ドスン!という音がして、父が目を覚ました。

父は糖尿病で緑内障を患い、片目の視力はなく、
もう片方も下半分は見えない。
「お父さん、助けて」と言われても、すぐにはわからない。
「どこ?」
「ここ」と答える声を頼りにさがす。
足が見えたので、母が仰向けに倒れているとわかった。

頭を強打したといい、痛い、痛いとうったえる。
そして、ただ「救急車をよんで!」を繰り返すばかり。
父もどうして良いかわからなくなり、私の携帯を鳴らした。

私は、といえば、連日の睡眠不足をとりもどすべく、爆睡中。
携帯もバイブにしてある。
それでも、何度も何度もブーン、ブーンと音が鳴れば、目が覚める。
携帯の着歴は実に9回。
父も辛抱強く鳴らしたものだ。

フラフラになりながら、階下に降りた。
母の顔を見ると、左目のあたりから、擦ったような傷。
「こけたの?」
「トイレがドーンと落ちてきた」
・・・トイレが落ちてきたら、床は水浸しである。
水一滴落ちてないから、倒れる寸前の母の感覚なのだろう。

「救急車を呼んで!」
「どこが痛いの?」
「全身」
「頭は?」
「痛い」

どのあたりかと聞きながら、意識レベルを確かめてみた。
ただし、素人では判断できないので、訪問看護師へ電話し、相談した。
「手を握って、握り返してくるかを確認してください」
「ちゃんと握り返してきます」
「目の動きを見てください。左、右・・・動きますか?」
「痛いと言って、俊敏ではないですが、なんとか動いてます」
途中で、母に電話をかわった。
看護師さんと話もできている。

「救急車を呼ばなければならない状態ではないですね。
心配でしたら、9時になってから、整形外科へ行かれては?」
「そうですね。痛みどめで、カロナールとロキソニンを処方されてますが、
どっちが良いですか?」
「カロナールで良いと思います。胃をあらさないですし」
「そうします。何かあったら、また電話します」

カロナールを2錠飲ませると、少し落ち着いた。
心配性の父は、介護タクシーを手配し、整形外科へ行く準備を始めた。
文句を言っていても、案外優しい父である。

朝食(パン)の用意をし、母に食べさせると、今度は喉につまった。
父と二人がかりで吐き出させ、ようやくおさまった。
おかゆはキライだし、他に食べるものがない。
困った。
ヤケクソで、冷凍のたこ焼きを出すと、6個食べた。
ただし、たこはつまるので、たこ抜き。

10時に、ヘルパーさんが来た。
事情を話し、病院へ付き添ってもらった。
ただし、ヘルパーさんは、介護タクシーに同乗できない。
介護タクシーには父が同乗し、ヘルパーさんは別便で向かってもらった。

3人を送り出したあと、洗濯とお昼ご飯の用意。
朝寝坊どころではない。
一段落したところで、帰ってきた。
頭のほうは異常ナシ。
ただし、肩、背中、腰の骨がボロボロなので、骨粗鬆の治療を変えるとのこと。
月曜日、もう一度病院へ行くという。
ヘルパーさんの時間を変更してもらい、病院への同行を頼んだ。

昼食後、3人とも疲れて、お昼寝。
途中、けたたましい声が階下から聞こえたので、あとで聞くと、
ディサービスの所長がお見舞いに来たのだという。

3時半に、買い物ヘルパーさんが来るので、重い身体をひきずって、階下へ。
今夜は何もしなくても良いようものを頼んだ。
ついでに、明日のお昼も。
あとは・・・なんとかなるだろう。

夜になっても、まだ痛いという母。
できるだけマッサージしてやりたいが、私も首、肩、腰に痛みをかかえている身。
20分くらいが限界である。
それに、どれほどマッサージしても、母はすぐ忘れ、
「何もしてくれない薄情な娘」
よばわりされるのである。
あとは、テープでガマンしてもらうより他ない。

因みに、「救急車を呼べ!」と叫んでいたことも、
母はすっかり忘れていた。

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