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2013年12月

母のこと(66)

今年も母一色の一年だった。

母は要介護3から要介護5にあがり、
父も私も、えらく驚いた。

入院は、6月と10月の2回。
6月は、脱水症状と甲状腺異常。
22日間の入院だったが、個室に入っていたので、
かなりの入院費。

10月は大腿骨骨折による入院である。
退院間近になり、大腿骨頸部外側を骨折してしまい、
12月に、はじめての手術。
以来、個室に入っているので、入院費もうなぎ上り。

我が家の台所事情も様変わりした。
10月の入院を機に、父はタイヘイの宅配弁当、
私は適当にすませることとなった。
仕事を終えて帰ってくると、食事を作るのも面倒になるので、
卵かけご飯やお茶漬け。
週末に、お肉を食べ、栄養をとるようにしていたが、
この頃の私は、夏バテ(今年はまだ暑かった)と知覚過敏で、
食欲も減退し、体重は40kgまで落ち込んでいた。

ようやく知覚過敏がおさまった12月、食欲ももどりはじめ、
さっき測ったら、3kg増えていた。
(夕食後のポテトチップスのせい?)

もとい、母のこと。
今年から日記帳もつけているので、
時々読み返しては、悲しくなる。

1月はまだ2Fにあがってくる元気があったが、
3月から熱をよく出すようになり、
6月の入院を経て、足腰も弱ってしまった。
そして、ついには骨折。
今の病院で、毎日リハビリしているおかげで、
寝たきりにはなっていないものの、
確実に身体機能は弱っている。

時は、もどせない。
もっと早く、母の異変に気づけば良かったと悔やんでならない。

今日、来年の日記を買った。
少しでも、母が明るく過ごしたと書き綴りたい。

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母のこと(65)

1週間ぶりに母のもとへ。
昨日、アンリ・シャリパンティエで買った焼き菓子の詰め合せ、
プリンに、メープルカステラ、紅茶を持って行った。

病室に入る前、ヘルパーさんに声をかけると、
「今日は娘さんが来るって、お待ちかねですよ!」
と言われた。
「カステラ類が良いって、父から聞きましたので、
いっぱい持ってきました。また食べさせてくださいね」
「はい。喜ばれますよ」

ドアを開けると、
「あ、よりちゃん、ちゃんとして!」と母。
見ると、病院着の下をおろし、リハビリパンツをもぞもぞ触っている。
オムツから、リハビリパンツに変わったということは、リハビリも進んでいるのだろう。
「気持ち悪いの?」
「うん、ちゃんとして!」

たまたまリハビリ療法士さんが近くにいたので、
リハビリの状況も聞きたかったので、呼びとめた。
「棒につかまって歩くところまで進んでます。左足はひきずって、ですが」
説明しながら、母の病院着を整えてくれた。
良かった。
在宅だと、こんなに回復しなかっただろう。

「良かったね、お母さん」
「なんかまだおかしい。ちゃんとして」
まだしっくりこないのか、とブツブツ言っていたが、
アンリの焼き菓子の箱を開けると、
「わっ! クリスマスプレゼント!」と喜んだ。
食べ物を目にすると、さっきまでの不快感もふっとぶようだ。

早速、ひとつ口に入れ、「美味しい」と歓喜。
ひと口サイズなので、次々と食べ、結局4個平らげた。
紅茶とゆず&日向夏ホットレモンをを飲み、
ついで、メープルカステラ、ポッキー、ラムネ。

さすがに食べ過ぎたと苦しみ出したので、痰の吸引をしてもらった。
「チョコレートを食べましたね?」
「ええ、ポッキーを」
「ポッキーはNGですよ」
「すみません、撤収します」

少し落ち着いたと思いきや、今度は胸が苦しい、全身がだるい。
「ちょっと起きてみる?」
「起きる!」
ヘルパーさんに来てもらい、車椅子にうつった。
すると、首が痛い、頭が痛いと言い出す始末。

気分転換も兼ねて、車椅子でナースステーションまで行き、
母自身の言葉で看護師さんに、「薬をちょうだい」と言った。
「今日は坐薬を入れてませんけど・・・、
そんなに悪い状態ではないようですし、
もう少し様子を見てからにしましょう。
たぶん、娘さんが来られているから、甘えているんでしょう」
母は私をみあげ、「これでいいの?」と納得がいかない表情をうかべる。

「もう少ししたら、夕食でしょ。
そのあと、もらったら?」
そうなだめ、病室へもどった。
病室へもどると、また「何か食べたい」と言うので、
アンリの焼き菓子を3個。
食べることで気を紛らわせているようだ。
たまたまテレビのCMで、焼き鳥がうつり、
「食べたい!」
「お母さん、食べたいものばっかりね」
「うん」

そうこうしているうちに、夕食の時間。
車椅子でナースステーション前へ移動した。
数えると、13名のお年寄り。(圧倒的に女性が多い。)

母の夕食をとってくると、普通のご飯と細かく切ったおかず。
もうお粥ときざみ食ではないことが、母の回復を物語っている。

看護師さんとヘルパーさんに、あとのことをお願いして、
そーっと病院を後にした。

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母のこと(64)

今日、父と特養 3施設を見学してきた。

約1年半、父と協力しながら、在宅介護を続けてきたが、
夏を迎える頃には、体力の限界に達していた。
私は夏バテもあり、体重が激減。
10月に母が骨折で入院した後、ふっと気がゆるんだのか、
4日間寝こんでしまった。

母が退院してきたら、また看れるだろうか?

入院先の主治医から、レベルが1段階落ちると聞かされ、
ますます自信が失せていく。

それでも、父はなかなか決断できない。
ついに、私は父に言った。

「もう施設へ入れることを考えよう」と。

これは苦しい決断だった。
母を捨てるような気がして、苦労して育ててもらったのに、
親不孝娘だ、とずいぶん自分を責めた。
けれど、母のためにも、父と私のためにも、正しい判断だと思うようにした。

とはいえ、 ”施設入所” というスタートラインに立ったところ。
特養はなかなか入れないし、母の場合、療養病床のほうが良いかもしれない。
母への説得も難関だし、何せよ、経済面の問題もある。
2015年度になると、介護サービスの自己負担額も2割になる。

ふと、私自身の老後も不安になった。

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”ハッピー バースディ & メリー クリスマス”

昨日(12/21)は、寒~い しかも 雨のなかのゴルフ。
1週間前のゴルフも寒かったけれど、
冷たい雨と風のせいか、よけい寒く感じる。

月例でもないんだから、スコアなんて、もう良い!

そう開き直ったおかげか、昔のスイングを思い出し、
久々に ”気持ちのよいティショット” が打てた。

帰宅すると、瑞希ちゃんから、お花が届いていた。

”ハッピー バースディ & メリー クリスマス”

嬉しい~~~!!!
有難う、瑞希ちゃん。。。
20131222

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母のこと(63)

1週間ぶりに母のもとへ。
病室に入ると、やはり「ただいま」。
そして、「何か食べるもの、ちょうだい」である。

ゆで卵、プリン、フルーツチョコレート、海老せんべい、おさつどきっ!
極細ポッキーを食べて、いったん休憩。
食べ過ぎて、胃が痛いというので、車椅子にうつり、父とフロアを一周。

もどったら、また「何か食べたい」。
しばらく食べていたが、「横になりたい」。
横になると、「起きたい」。
まったく忙しい人である。

看護師さんとヘルパーさんによると、日に日に元気になっているという。
食欲旺盛、リハビリはなんとか、痛いものは痛いとはっきり言う。
「こちらの言葉をちゃんと理解されて、鋭く答えてくださいますよ。
寂しくなったら、まず『お父さん』、次に娘さんを呼ばれてます」。

私は父の次。
やはり母の頼りは、父なのである。
ただし、こっそり教えてくれた。
「お父さんは、ケチやから」。
それは、正しい。

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母のこと(62)

先週土曜日(12/14)はゴルフだったので、
日曜日、母のお見舞いに行った。

病室に入ると、「お帰り」と母。
そして、「なんか食べるものないの?」と言う。
「お菓子を持ってきたよ」
「何にも食べさせてもらってないねん」

ナースステーションへ寄ってきたが、
「何か食べたいとおっしゃるので、
さきほどチョコレート菓子を食べていただきました」
と、看護師さんが言っていた。
テーブルの上を見ると、食べさしが置いてある。

「えっとね、干し柿、ケーキ、プリン、紅茶も持ってきたよ。
干し柿、食べる?」
「食べる。1週間分、まとめて食べておかないと!
食べさせてもらえないから!」
「そんなことないと思うけど・・・」
ひととおり、お菓子を食べ満足した様子。

テレビをつけると、ちょうど3UPゴルフをやっていたので、
一緒に見た。
「テレビなんて見ない」と言っていたが、
パットがカップぎりぎりではずれると、
「あ! おしい!」なんて言う。
傍で見ていた父が
「お母さん、ゴルフに興味あったんかいな?」と怪訝そうである。

そのうち、うとうとし始める母。
手を握っていると安心するのかな?
(安心しているのは私のほうかもしれない。)

夕食前、ヘルパーさんが来てくれたので、
「またね」と病室をあとにした。

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母のこと(61)

母の手術が無事終わった。
予定より早く1時間ですんだという。
父から電話を受けて、ひと安心したものの、
顔を見に行かなくては・・・!
と、病院へ急いだ。

病棟へ着くと、看護師さんに
「ああ、来てくださって良かった。
ずっと娘さんのことを呼んでおられましたよ」
と言われた。
「父は帰りました?」
「30分ほど前に帰られました」

病室に入ると、
「あ、よりちゃん。ここにおって!」と母。
手を握ると、安心した表情。

「痛くない?」
「薬がきいてるんかな、痛くない」
「良かった。初めての手術だったものね。よく頑張ったよね」
「私はなんにもしてへん」

手術のあとだからか、落ち着かない。
「自分がようわからん。全身が気分悪い」
そう言われると、心配になる。
しかし、看護師さんによると、いたって元気という。

少し朦朧とした様子、急に正気になる、
そのうち、うとうとする、この繰り返しだった。

「明日も仕事があるから帰るね」
「ほんなら、帰り。そやけど、私はどないしたらええの?」
「もう少ししたら寝る薬を持ってくれるから、
それを飲んで、ぐっすり寝てください」
「寝る薬、持ってきてくれるの?」
「そうよ、看護師さんが持ってきてくれる。帰り際に頼んでおくね」
「持ってきてもらって」

帰りの車中、はりつめていた気持ちがゆるんだのか、
涙がこぼれてきた。
今このブログを書きながら、また涙がとまらない。

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母のこと(60)

今日(12/9)、大腿骨頸部外側骨折の手術前説明があった。
腰椎麻酔をし、整椎後、PFN固定手術である。
整椎の時間にもよるが、手術時間(1.0~1.5時間)とあわせて、約2.5時間。
これまで手術を経験したことのない母にしてみれば、大手術である。

手術のリスクは、麻酔による血圧低下、心臓への負担、貧血。
貧血は手術後の出血リスクもあるため、輸血は必要とのこと。

特に、母は心不全を起こしているので、”心臓への負担”が一番心配だった。
「循環器医と連携して、リンゲル液で心臓に負担をかけないよう、
細心の注意を払う」と説明されても、まだ不安。
「そもそも手術を受けること自体、ムリなのでは?」
「リハビリも出来ていること、何より食事が摂れていることから、
対応力ありと判断しています」

リスクはまだある。
チタン製のボルトを入れることによる口腔内感染症。
骨融合不全。(外側骨折なので、内側より骨はくっつきやすいが。)
骨の変形、関節拘縮、床ずれ、尿路感染症、誤嚥性肺炎。
肺塞栓症(エコノミー症候群)、血栓症。
輸血による感染症。

私もネットで調べた「大腿骨頸部骨折とは」をもとに質問し、
主治医は、X線写真と模型をもって、懇切丁寧に説明してくれた。
CHS固定術、PFN固定術、人工骨頭置換術の違い、
細い骨のなかに異物を入れたら、バリバリと割れてしまわないのか?
これまでの入院で、心不全、低カリウム血症、甲状腺異常などの
病名があげられているので、骨折後の検査で何らかの変化点が
見られないか?  などについても説明してくれた。

手術説明のあとは、事前に渡しておいた質問事項に対する回答があった。
管理体制は、すべて主治医の指示のもと、地域連携相談員より行うことに
なっており、今回の連絡遅れは、主治医自らの配慮不足(*)とのこと。
(*命に係る危険がなかったため、夜遅くより翌日で良いとの判断。)

くれぐれも事前に連絡してもらえるようお願いし、説明会は終わった。
約1時間10分。
横にいた父は、ぐったりしていた。

病室にもどり、母に「先生の説明が終わったよ」と告げると、
「良かった、もどってきてくれて。お腹すいた。なんか食べるものない?」
食欲旺盛なのは良いと、主治医も言ってくれていたが、
あまり食べ過ぎると、また胃が痛いというし、誤嚥の心配もある。
ひとつお菓子を食べさせ、
「お父さんは、ここに泊まっていき」と言う母をなだめ、
父と病院をあとにした。

ともあれ、あとは母の頑張り次第。
手術と早期離床。
お母さん、がんばれ!!!

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母のこと(59)

携帯電話の発信者が「父」と表示されていると、胸がざわつく。
「ああ、お母さんがね・・・」と切り出され、心臓がドキッとする。

12/5(木) 昼休みのことである。
心を静め、父の言葉を待った。
「病院で転倒して、大腿骨の太いほうを骨折した、言うんや。それで個室へ移ったと、9時に電話があった。仕事中やろうから、昼まで電話するのを待ってたんや」
「ええっ!? 太いほうはアカンのとちがうの? いつ転倒したの?」
「前日のことや。柵の間を抜けて落ちたんやろうって。誰も見てないから、ほんまのところはわからんと・・・」
「それで今日になって電話なの?」
「そうや。16時から、先生から手術同意の説明があるんや。ケアマネさんが同席してくれる、言うから、行ってくるわ」

16時・・・。
この日は、翌日の会議資料準備で、16時に同席するのは難しかった。
「早めに行くようにする」と言って、電話を切ったが、穏やかではない。
よりによって、病院で骨折するとはどういうことなのか。
しかも、その電話が翌日とは。

事の次第を確かめようと、病院へ電話をかけた。
そのときのやりとりを記したのが、<骨折および処置に係るいきさつ>である。
今日の手術前説明時、
  ・発見から牽引処置までの時間経過が長すぎるのではないか?
  ・なぜ家族への連絡が遅れたのか?  管理体制はどうなっているのか?
など、回答をもらうようお願いしている。


<骨折および処置に係るいきさつ>

①12/4(水)13:25頃
   母が病室内(2人部屋)の床に、声も出ない状態で座りこんでいることを、看護師が発見した。ベッドの柵(4本)は設置されていた。
  【推定原因】 「身体が小さいため、柵の間から抜け出たのではないか?」
  急ぎヘルパーとともに、母をベッドへ移し、看護師は状態確認を行った。
    ・赤み、腫れの所見無し。
    ・膝立て/のばし動作 OK。
    ・左太ももの痛みのうったえあり。
    ・血圧、体温等の全身チェックを行ったところ、異常無し。
  看護師は、左太ももの痛み以外、異常がないことを確認し、院長へ報告した。

②12/4(水)16:00頃
    院長診察。X線、CT検査。

③12/4(水)20:30頃
   上記②項の検査結果をもって、院長再診察。骨折していると判明した。

④12/4(水)21:00頃
   痛みのうったえあり、坐薬を投与した。朝まで眠る。

⑤12/5(木)9:00
   病院から父へ「前日骨折し、個室へ移動した」旨、電話連絡あり。

⑥12/5(木)12:00
   父から私へ上記連絡あり。
   病院の相談員へ事情および管理体制の確認のため、電話したが、不在であったため、折り返し電話を依頼した。

⑦12/5(木)13:01
   相談員より、手術同意の打合せ日程について連絡あり。しかしながら、当方趣旨と異なる用件につき、再度回答を依頼した。

⑧12/5(木)13:06
   看護師より、上記1.①~⑤項までの説明および骨折したことの連絡が遅れたことの謝罪あり。しかしながら、管理体制の確認および骨折部位(*)についての回答を得られず。
   (* 骨折部位は医師の説明となる。)

⑨12/5(木)18:30
   病院着。4F看護師より以下説明あり。
     ・14:00~  牽引 開始。
     ・15:30    坐薬投与。(※痛みのうったえあれば、坐薬投与してよいとの院長許可。)

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母のこと(58)

すったもんだはあったものの、母にとって、自宅が一番。
私も、母がいてくれるだけで、心が落ち着く。

ただし、とにかく排泄処理におわれた外泊となり、
楽しいひとときが半減したのも事実である。

これは、病院へ提出した「外泊記録」。
母の視点なので、父は”夫”、私は”娘”と記している。

2013/11/30(土)
10:30              介護タクシーで病院出発。夫、同乗。
                      娘は自家用車で買い物経由帰宅。(11:20)
11:00              帰宅。便が出ていたが、娘の帰宅まで、パッド取替を待つ。
11:20              下利便大量。オムツ、パッド取替。
                      外出着からパジャマへ着替え。
11:45              下痢便。リハビリパンツ、パッドへ取替。
11:55              下利便。ポータブルトイレで処置。
12:30              昼食(モスバーガー 海鮮かきあげライスバーガー・・・小さく切って)
13:30              頭痛のうったえあり。カロナール、ムコスタ服用。
13:30~14:00   ベッドで仮眠。(少しウトウト状態)
14:00~15:00   座って、夫と会話。お菓子を食べる。
                      夫に抱えられ、居室から食堂間を往復歩行。(約6m)
15:00~16:30   ベッドに座って、ケアマネージャー、リハビリ療法士、
                      福祉用品業者、ディサービス担当と会話等。
                      16:00にマドレーヌと紅茶。
16:30~17:00   胸、胃が苦しいとのうったえあり。
                      長時間座っていたので、疲れたと、ベッドで横になる。
                      痰が出ず、ゴロゴロ状態。
17:00              胃薬服用。
18:30              夕食(お好み焼き、うに、甘海老のにぎり 各2貫・・・ただしネタのみ)
                      食後、歯磨き。
19:50              ポータブルトイレで尿。
20:15              エクレア、お菓子(おさつどきっ!)
20:30~21:30   病院へ戻らなければならないことが理解できず、
                      少し興奮状態になる。
                      夫と娘との会話により落ち着く。リハビリパンツ→オムツへ。
21:40              眠剤服用。左膝(皿)が痛いとのうったえあり。
21:55              入眠。

2013/12/1(日)
4:30              娘(*)が状態確認。 よく眠っており排泄ナシ。
                     (* 娘の居室は2F)
7:00              全裸状態になっていることを、夫が目覚め気づく。
                     下利便。娘が処置。(お尻拭き用と、ホットタオル)
                     リハビリパンツへ取替。
7:30              ポータブルトイレで下痢便、尿。パッド交換。
8:00              朝食(アンリのフィナンツェ、マドレーヌ、紅茶)
                     歯磨きと、朝食後の薬服用。
9:00~11:00   仮眠(便処理で待ち疲れ、寝不足など)
11:00              ポータブルトイレで、下痢便、尿。リハビリパンツ、パッド取替。
12:00              昼食(ナポリの釜のピザ、チキン、ポテト)
12:35              胃が苦しいとのうったえあり。胃薬を服用。
12:40              ベッドに横になる。夫にさすってもらい、少し落ち着く。
                      娘が、耳掃除。
13:10              ポータブルトイレで、下痢便、尿。パッド取替。
14:10              何か食べたいと、ポッキー、ラムネ。
14:40              ポータブルトイレで、下痢便、尿。リハビリパンツ、パッド取替。
                      食道につまったような違和感のうったえあり。
15:00              介護タクシーで、自宅出発。

【総括】
外泊期間中、機嫌よく過ごしました。ただし、下痢便が続き、本人・家族とも、まいりました。11/29(金)に、下剤2錠を服用し、病院を出るまでの間に便が出たとのことでしたが、帰宅後も「外泊記録」に示すとおり、下痢便が続きました。(痛みはナシ)
11/9(土)に病院へうかがった折、看護師さんより、「3日間便秘であったので、下剤を飲ませたら、便続きで、シーツを3枚変えた」と聞きました。身体も小さいので、下剤2錠が強く効きすぎるのでは?と懸念しています。ご検討いただければ幸いです。
以上、12/1 娘より。

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母のこと(57)

入院先の院長の提案で、母が外泊した。
「とりあえず一泊してみて、様子を見てみましょう。
そのとき、リハビリ療法士をうかがわせますので、
ご自宅の状態を確認して、ケアマネさんと相談の上、
退院後の計画をたててみましょう」

一抹の不安はあった。
とにかく帰宅願望の強い母である。
いったん帰宅してしまうと、二度と病院へ帰らないと言いかねない。
「そのときは、退院するまでに福祉用具か工事をするから、
一度病院へもどって、と言えば良いじゃないですか」と、院長。

父と私は、この院長の言葉をすっかり忘れていた。
案の定、再度病院へ行かなければならないことを理解できず、
怒り出す始末。
ようやく納得したと思いきや、またふりだしに戻る。
なだめて、病院へ向かったが、病室で着替えを始めたとたん、
「さわらんといて! お父さん、お父さん!」と叫ぶ始末。
父と私がかわるがわる説得し、いったんは落ち着いた。
先に私は帰ったが、残った父は面会時間ギリギリまで、
この繰り返しだったという。

疲れ果てて戻った父がポツリと言った。
「あんなに大声出して、まわりに迷惑かけて、情けない。
今の状態だと、自宅に戻ってきても、(私がいない時間)
ワシ一人では介護しきれない・・・」

億万長者でない限り、いきとどいた介護サービスなど受けられない。
しかも、来年以降、自己負担は2割になる。
介護サービスが何も無いよりは、あるほうが有難い。
しかし、結局のところ、しわよせは家族にふりかかってくる。
これが介護の現状だ。

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母のこと(56)

ようやくケアマネージャーが交替し、ストレスがひとつ減った。

新しいケアマネージャーは、事業所の管理者なので、
計画性もあり、こちらの質問に対し、的確な回答をしてくれる。
渋っていた父も、
「変わってよかった」と言っている。

介護は、日々変化していくもの。
それにあわせて、臨機応変に対応してくれないと、
介護する側がもたない。

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