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母のこと(72)

携帯電話の着信画面に「父 携帯」と表示されていると、
”母に何かあったのだろうか?”
と、ドキッとする。

「もしもし」
「ああ、よりちゃん。今ええか?」
「なに?」
「あのなー。特養の相談員の人から電話があって、お母さんに会いたい、言うんや」
「いつ?」
「日曜日の3時頃に」
「わかった。お父さんも行ってくれるよね?」
「行く。そやけど、何の話やろな?」
「申し込んだから、本人の様子を見に行くってことなんじゃないの?」
「そやろか・・・」

電話を受けたとき、もっと詳しい話を聞いておけば良いのに。
まったく父も呑気である。

日曜日 2時すぎ、父を連れて病院へ向かった。
車中、「何の話やろか・・・」とブツブツ言う父。
私はイライラするのをおさえて、ガマンしていた。

病院へ着き、お見舞いにいただいた苺を、3人で食べた。
苺のあとは、ふきよせ、曙の海苔巻き、ツマガリのクッキー。
相変わらず、母の食欲は旺盛である。

しばらくして、相談員の方が来られた。
昨年12月に見学に行ったとき、会った人だった。
「今週、入所判定会議があるので、事前にお話をお聞きしたくて」
そう言って、母に自己紹介を行った。
このとき、”老人ホーム”という言葉が出たので、父も私も母の反応をうかがった。

母は、つくり笑いをうかべながら、応えていた。
こういう表情のときは、母は慎重になっている。
私は母の緊張を少しでもほぐせれば、と思い、軽く背筋をさすり続けた。

いろいろ質問された。
結婚したのはいつか、いつまで仕事を続けていたのか、家族構成、趣味など。
かわりに私が答えていると、
「そんなことまで話さんといて」と怒る。
「別にいいやん」
「ええ意味でとってくれるとは限らへん」と、相談員をにらみつける。
「いやいや、多趣味でいらっしゃると思いますよ」
そう相談員がほめると、
「話が長いわ。もうちょっと要領よく話をしたら?」と、怒る母。

この言葉には、さすがに面食らった。
相談員の方も、「すみません・・・」と恐縮され、父も私も苦笑するしかなかった。

母にしてみれば、
  いきなりやってきて、根ほり葉ほり聞くアヤシイオッサン。
  なんで、自分のことを話さなアカンねん!
だったのだろう。

なんとか母をなだめ、面談は終了した。
「疲れた?」
「疲れた。なんか食べたい」
「おにぎりせんべい、食べる?」
「食べる」

食べたあとは、また全身がだるい、気持ち悪い。
看護師さんに、血圧と酸素量をはかってもらい、
「悪くないですよ。お薬飲む必要もありませんよ」
と言われ、ガックリする母。

「帰りたい」
「もうすぐ夕食だからね」
「お父さんとよりこも、ここで食べていくの?」
「ううん、お父さんと私は、帰りに晩御飯を買って帰る」
「私も帰る」
「明後日、院長先生から話があるから、病状を聞いておくね」
「私も聞くの?」
「話はお父さんと私が聞くから」
「そのあと、帰りたい」
「院長先生の話を聞いてみないと、帰れるかどうか、わからないよ」
「・・・」

帰宅願望は、元気になった証だ。
しかし、この先のこと、どうしたものか。
父に母の説得をお願いしているが、父も自信がないという。

「私はダメよ。お母さんが信頼しているのは、やっぱりお父さんだもの」
「そうかな・・・」
「そうよ。お父さんが行くと、お母さん、すっごく落ち着いているもん」

そう。
母にしてみれば、私はやはり ”甘ったれ娘” なのだ。

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