母のこと(74)
土曜日、母のもとへ。
置き菓子が少なくなっていたので、マックスバリューで、中村屋のアイリッシュ、ふわくるみ(小倉、抹茶、黒糖)、神戸風月堂ぶっせ、マドレーヌ、フィナンシェを買って行った。
病院へ着き、半月分(1/1~1/15)の支払いを行う。
「今日お支払いになられます?」
請求額 134,400円也。
「えっと、あります。支払って帰ります」
支払った後、私のお財布は千円札のみとなった。
病室フロアへ上がると、母がいた。
「あ、娘さんが来られましたよ!」
傍にいたヘルパーさんが嬉しそうに声をかけた。
「よかった。来てくれて」と母。
「朝からずっと、お名前を呼んでおられましたよ。聞こえました?」
「いつものことでしょ」
私は苦笑した。
ナースステーションをのぞき、看護師さんに声をかけ、
「帽子、見つかりました?」と聞いた。
1/13に持って行ったマキシンのニット帽(シルクの室内用)がなくなっていた。
「すみません、まだ見つかっていません・・・」
「見つからなかった場合、弁償いただけると仰っておられましたので、一応、領収書を持ってきました。あと、帽子はこの写真を見ていただければ、名札がはずれていてもわかると思います」
用意した手紙と、帽子をかぶった母の写真を渡した。
母を連れて、病室へもどり、お菓子をひろげた。
「お菓子持ってきたよ。食べる?」
「食べる」
ふわくるみの黒糖を手に取り、口に入れた。
「おいしい?」
「おいしい」
火曜日の夜とちがって、母は落ち着いていた。
看護師さんによると、火曜日から金曜日まで、ハイテンションで、車椅子からずり落ちたり、ベッドの柵から足を出したり、不穏行動が続いていたという。
言い表せない不安が母をおそうのだろうか。
「そうそう、ハルエちゃんからお見舞いのお手紙をいただいたよ」
ハルエちゃんとは、母の又従姉にあたる同い年の女性である。
「読む?」
手紙を差し出すと、いったん頷いたものの、
「やっぱり難しいかな」。
「老眼鏡がないから、見えないわね。じゃあ、私が読むね」
ハルエちゃんの手紙は、実にユニークな書き出しである。
「うわっ、大変! 骨折したんですって」
母も「ハルエちゃんらしい」と笑う。
ハルエちゃんも、去年交通事故にあい、足腰が弱くなってしまったが、なんとかふんばっているという。
「お互い歳をとりましたね、だって。同い年だもんね」
「そう。同い年」
ハルエちゃんの手紙には、子供の頃のことの思い出話がしたためられていた。
地蔵盆でゴザを敷いてもらって、小さなお重箱でお昼を食べたこと。
浴衣の袖いっぱいにお菓子(煎豆)をもらったこと。
餅屋さんがドラム缶いっぱいの餅をふるまってくれたこと。
湊川神社のお祭りでは見世物小屋が楽しみだったこと。
豆腐屋の小母さんがこわかったこと。
小父さん(母の父)の集金について行ったこと。
ハルエちゃんが母の家に泊まりにきて、枕をならべて寝たこと。
ハルエちゃんは、
「あなたのような文才がないから、とりとめのないオカシイ文章になってしまったわ」
なんて謙遜していたが、いやいやどうして。
楽しい光景が思い浮かべられる、実にうまい文章だ。
それに、字もうまく、なんといっても手紙に品がある。
読み終えたあと、母に「お返事、どうする?」と聞くと、
「落ち着いてから、返事を書くわ」と母。
「そう」
母はもう字が書けなくなっているので、私が代筆することになるだろう。
そのとき、母と私の写真を同封しよう。
ハルエちゃんは、
「あらあら、オバアチャンとオバチャンになっても、仲の良い母娘ね」
なんて笑ってくれるかも。
しばらくして、病院の事務長さんが、帽子紛失のお詫びにと、病室をたずねてきた。
母にも会いたいというので、病室に入ってもらった。
知らない人には敬遠する母だが、いたくご機嫌だった。
夕食時になり、帰り支度をはじめた。
「また来るね」
すると、母。
「気をつけて帰りよ」
母は、以前と変わらぬ母の表情だった。
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