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母のこと(82)

木曜日、母を訪ねた父が
「お母さん、元気なかってん。どうしたんやろ・・・」
と、ずいぶん心配していた。

この日は、ヨーロッパへ出張前の兄も一緒だったので、
「あ、お兄ちゃんがきた」と、一応母は喜んでいた。
だが、いつもの元気がなく、夕方うとうと眠りこんでしまった。

「やっぱり弱ってきてるんかなぁ」

心配になった。

今日、母のもとへ。
部屋に入ると、床に敷いているマットの上に座りこんでいた。
「あら、どうしたの?」
「あ、よりちゃん!」
ヘルパーさんによると、ベッドが背もたれがわりになり、楽なのだという。

「昨日下剤を飲んだので、便がたくさん出て、しんどいんだと思います」
流しを見ると、アイスノンが置いてある。
「熱が出たんですか?」
「ええ。7度5分くらいだったので、冷やしました」
「食欲はどうですか?」
「ご飯は半分くらい。おかずはほとんど召し上がられます。あと、おやつは全部。もうすぐおやつなので、こちらにお持ちしますね」

母は、車椅子に移り、おやつのシュークリームを美味しそうに食べた。
(こっそり持ってきたモロゾフのフィアージュ、ストロベリーチョコも。
お菓子はヘルパーさんに預けるルールなので、こっそり、である。)

「お母さん、紅茶も飲まないと」
私にもミルクティーを入れてくれていたので、飲んでみたが・・・薄~く、味のない紅茶だった。
「あんまり美味しくないね」
「水くさいねん」
「1Fのラウンジに行く?  あそこの紅茶なら、美味しいんじゃない?」
「あんまり変わらん」
「あら、そうなの?」

お見舞いの電話をくださった方々の話をすると、母は嬉しそうに聞いていた。
「ミヤちゃんって、銀行員の娘さんでしょ?」
「そう。銀行一家」
「タミちゃんはお米屋さんやった?」
「米屋みたいなもんやね。皆、お金持ちやった」
「お母さんは、勉強がよくできたから、一目置かれてたのよね」
「そうや。ウチは兄妹も多いし、家庭教師もつけてもらえないから、一生懸命勉強したわ」
「ハルエちゃんの手紙にも書いてあった。夜遅くまで勉強してたって」
「ハルエちゃんから手紙きたん?」
「電話もくれたよ。大阪に来るとき、神戸に寄るって」
「ほんまー。私、忘れ去られてないんやね」
「そうよ。M先生の奥さんも、心配してたし、美容院の先生も、ご近所のKさんも」

しばらく楽しそうに話していたが、疲れたのか、ぐったりしてしまった。
ベッドに横になり、お腹をさすっていると、うとうとと眠りこむ。
ときどき苦しそうにし、声をかけても返事がない。
声を出す元気もないようだ。

だんだん弱っていくのだろうか・・・。
このまま母がいなくなったら、どうしよう。

母の前では泣くまいと、ずっとガマンしていた。
が、涙がこぼれとまらなかった。
気配を感じた母が目をさました。

「お母さん、元気になって」
「元気になりたい!」
「あ、お母さん、声が出た」
「さっきは死にそうなほど苦しかってん」
「下剤がきつくて、脱水症状になったんとちがう? 看護師さんに『下剤の量を減らしてください』って、お願いしといたからね」

母は少し元気になり、車椅子に移り、食堂で夕食。
ふりかけご飯(ふりかけは持参)に、肉じゃが、お豆腐、もずく、そして、お味噌汁。
私より豪華な食事だ。

いつものように、「じゃあ、またね」と、手をふり、帰ってきた。
寂しがりやの母も、スプーンを持った手でふりかえしてくれた。

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