エッセイ

「走れ、セッちゃん!」

「女3人『どんどん』」で、久しぶりに会った瑞希ちゃん。
このブログで、多くのネタを提供してもらってます。

「なんにも、しゃべること、ないわよー」
そう口をとらがせながら、けん制する瑞希。

「なに、なに?」
ツル(中高の友達)は、ワタシが瑞希ネタをブログに載せていることを知らない。
「よりこったら、母や弟のネタ(『突然、バーン!』、『忘れ物にご用心』など)を面白おかしく載せてるのよー」
「いや、面白おかしく話してくれたことを、ちょびっとだけ脚色してるのよ。だって、瑞希はお話上手だもの」

てなわけで、今夜の瑞希ネタは・・・「走れ、セッちゃん!」です。

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「走れ、セッちゃん!」               とうのよりこ


瑞希の母の実家は、長野である。
子供の頃から仲の良い友人「セッちゃん」は、長野在住だ。
今年の2月のこと。
ある夜、「セッちゃん」から電話がかかってきた。

「サクちゃん(瑞希の母)、いる?」
電話をとったのは瑞希。
名前を聞かなくても、すぐに誰かわかるくらい、「セッちゃん」は独特の言い回しである。

「ご無沙汰してます。母は、いまお風呂に入ってるんです。後ほど、折り返しお電話します」
「あら、そう・・・」
お風呂と聞いて、ずいぶん残念そうな「セッちゃん」である。

「あのね、電報を打ったから、明朝には着くと思うんだけど・・・」
「デ、デンポウ?電報ですか?」
今時、電報!? 祝電、弔電ならわかるけど・・・。
瑞希は、怪訝そうに思った。

「実は・・・、燃えてるのよ」
「燃えてる?」
一瞬、ピンとこなかった。
何が燃えてるというのか?
もしかして?
「そうなの、サクちゃんの実家が燃えてるのよ!」

衝撃的な「セッちゃん」の言葉であった。
とりあえず電話をきり、風呂場にいる母に伝えた。

「お母さん、実家が火事だって!」
「ええっ!?」

ちょうど、髪をシャンプーしていた母。
すすぎも適当に、急いであがってきた。
服に着替え、「セッちゃん」へ電話をかけた。

「もしもし、セッちゃん?」
「サクちゃん?」
「実家が火事って、どういうこと?」
「此処(「セッちゃん」の家)から見えるんだけど、勢いよく燃えてるのよー」
「ええっ!?全焼かしら?ケガ人とかいる?」
「そこまでわからないから、ちょっと見てくるわね」

「セッちゃん」は電話を切り、母の実家まで走って行った。
走ると言っても、もう年なので、気持ち”走る”くらいである。
往復15分くらいかかるので、15分後、電話がかかってきた。

「救急車が1台とまってたわ。誰か、運ばれてたみたい。残念だけど、全焼みたいよ」
ゼイゼイ言いながら話す「セッちゃん」。
「救急車って、誰が運ばれたのかしら?わかる?」
「ちょっと待って。聞いてくるわ」
また電話を切った「セッちゃん」。

そうなのだ。
「セッちゃん」は、携帯電話を持っていない。
だから、15分かけて、現場と家を往復し、家の電話から報告してきてくれているのだ。

「誰かわからなかったわ」
ますます息切れしている「セッちゃん」である。
「誰かしら、心配だわ」
「セッちゃん」の苦労もよそに、実家の心配ばかりする母。
「あとね、台所付近は残ってるみたいよ」
「ええっ!?全焼じゃないの?」
「う、うん・・・と思う」

この勢いだと、母はまた「セッちゃん」を現場に走らせかねない。
あまりにも気の毒なので、瑞希は母に
「夜も遅いから、明日にしたら?」と言った。

ハタと我にかえった母。
「そうね、そうね」と頷き、
「知らせてくれて、ありがとうね、セッちゃん」
「いいのよ、サクちゃん。また何かわかったら電話するわね」

翌朝、親戚から電話がかかってきた。
「火事だってね」と母が言うと、
「なんで知ってるの?」と、驚く親戚。
「まあね・・・」

何が「まあね・・・」だ。
ライブ中継してくれた「セッちゃん」のおかげではないか。
ほんとに、「セッちゃん」様々である。

後日、全員無事であるとわかった。
救急車で運ばれたのは、従妹。
荷物を運び出そうとして、煙を吸ったらしい。
軽く吸っただけだったので、すぐ退院した。
台所以外は燃えてしまったが、家族全員無事だったので、瑞希も両親もほっと胸をなでおろした。

ところで、「セッちゃん」が送ったという電報。
未だに、瑞希家には届かない・・・。

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アナログ母さん

今年の7月でアナログ放送終了となります。
我が家で、唯一のアナログテレビは、母専用のテレビ。

「新しいのを買おうよ」
いくら勧めても、ノーサンキューの母。

「だって、ビデオが見れなくなるでしょ」
思い込みの激しい母は、テレビを変えると、
ビデオが見ることが出来なくなると思ってる。

「お母さんが持ってるビデオは、DVDがあるの。
 全部ビデオにダビングしたんだから。
 どうしてもビデオを見たいんなら、
 ビデオデッキを接続すれば良いし」
いくら説得しても、
「いや、ワタシは今のテレビと同じ操作が良い。
 新しい操作は覚えられない」
と、頑な母。

その一方、普段過ごす1Fに小型テレビが欲しいと言う始末。
ぐるりと部屋を見渡しても置くスペースがないので、
「壁掛けにする?」
と言うと、
「上を見るのはイヤ」

はぁ~、気難しいこと。。。

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伯母の一生(2)

従姉が差し出した3枚の写真。

1枚目は、若かりし頃の伯父と伯母。
誰かの結婚式に出席したときのものだろう。
伯父はモーニングコート、伯母は黒留袖を着ている。

「伯母ちゃんの笑顔、とってもキュートね」

なんというか、写真慣れしたような笑顔である。
鏡に向かって、笑顔の練習をしている様子が想像できる。

2枚目は、晩年の2人。
黒部ダムへ家族旅行をしていた時のもの。
年を重ねても、笑顔は相変わらずキュート。

「母がパーキンソン病になって、『これが最後の旅行になるかもなぁ』って、父が連れて行ってくれたんよ。その父が先に逝っちゃったんだけどね」
従姉の顔が少し曇る。
なんとも言いがたい。

3枚目は、介護の家で撮影したもの。
遺影にもなった写真だ。
明るい人柄がよく表れている。

「知ってる?伯母ちゃんは若い頃、”ライオンさん”って呼ばれてたんだって」
そう言うと、従姉が怪訝そうな顔をした。
「ライオンさん?」
「うん。今の会社に就職した時、当時の社長が伯母ちゃんのことをよく知ってて、『アンタの伯母さん、”ライオンさん”で有名やったんやで。あの”ライオンさん”の姪御さんかいなー』って言われたの。理由を聞くと、『いつも派手な洋服を着て、パーマをかけたふわーっとした茶色の髪の毛やったから、そんなあだ名がついたんや』って言うの」

従姉はビックリして
「ええーっ!?ウチの母親って、不良だったの?」
と言った。
不良という表現もおかしいが、まあ当時としてはそうだったのかもしれない。

「社交ダンスが得意だったんでしょ?その話も聞かされたわ」
「そうやねん。ダンスが好きで、遊ぶことが大好き。やっぱり不良やわー」
「ダンスで伯父ちゃんと知り合って結婚したんでしょ」
「そうそう」

従姉と私の話を聞いていた叔母(末っ子)が
「お姉ちゃんね、クリスマスの時期になると、ダンスパーティ用の貸衣装のドレスを部屋に吊り下げてたわ。当時、つけまつげを着けてる人なんて珍しかったのに、いち早くつけたんよ」
と笑いながら話してくれた。
「貸衣装のドレスに、つけまつげ?アハハハハ、いかにも伯母ちゃんらしい!なんか想像できるわー」
「お肌の手入れも念入りにしてたから、いつもツヤツヤだったしね」

ふと遺影に目をやると、本当にツヤツヤした肌をしている。
最期に見た顔も、キレイだった。


伯母ちゃん、人生を謳歌しましたか?
幸せだった?
ここにいる皆は、「好きなことをして生きてきた人だから、幸せよ」なんて笑ってるけど。
ずっと心配してた娘夫婦と孫も大丈夫みたいよ。
あの世で、お祖母ちゃん、伯父ちゃん達と見守ってくださいな。
あんまり我が儘、言わないようにね。


遺影を見ながら、そんなことを思った。
伯母の享年は、奇しくも祖母と同じ年であった。

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伯母の一生(1)

1/16の夕方、伯母の訃報が届いた。

伯父に先立たれてからの4年間、伯母は介護の家で悠々自適の生活を送っていた。
暮らしていた部屋は、トイレ完備の広々とした個室。
伯父が生前、「もしものときは・・・」と施設を調べ、数千万かかる入居金を用意し、月々の費用(10数万)も算段してくれていたのだと、一人娘である従姉から聞いた。

晩年、伯母はパーキンソン病を患っていた。
「たぶん、あいつ(伯母)のほうが先に逝くだろうなぁ」
そう考えていた伯父であったが、ある時ガンが発見された。
手術で一時的に回復したが、すぐ再発した。
おそらく、壮絶な痛みに苦しんでいたと思うが、
病に臥していても、伯母の介護をしていた。
そして、苦しんで苦しみぬいて、伯父は亡くなった。

物静かな伯父と違い、伯母は明るく我が儘な性格であった。
6人きょうだいの2番目で、長女。
長年、子供が出来なかった祖父母は、伯母が生まれる前に男の子を養子として迎えていた。
養子を迎えたとたん、子供が出来、伯母が生まれた。
待望の実子である。
それこそ目の中に入れても痛くないほど、祖父母は伯母を可愛がり、何をしても叱らず、結果、我が儘に育ってしまった。

面白いことに、伯母が生まれたあと、祖母は母、叔母、叔父、叔母を産み、結局6人の子宝に恵まれたことになる。
長女である伯母と末っ子の叔母は、18歳年が離れている。
親子ほど離れている姉妹なら、末っ子の面倒は長女が見るだろうと思うが、伯母は違った。

「そんなん見るヒマないわ。遊ぶのに忙しいのに」
ケロッと言うような人だった。

因みに末っ子の面倒を見ていたのは、我が母である。

さて、年末のこと。
肺に水がたまったので手術するという連絡があり、母ともども心配していた。

様子を見に行った叔母(末っ子)から
「水ぬいたら、ピンピン元気に、ご飯にお菓子を食べてるわー」
と電話があった。

「さすが、伯母ちゃん。すさまじい生命力だわ」
母と二人、苦笑した。
「お見舞いに行かないとね」と話をしていたが、忙しさにとりまぎれ、
「年が明けたら」「もう少し暖かくなったら」と延ばし延ばしになっていた。

そんな時、急変したとの電話があり、あっけなく亡くなってしまった。

従姉から、末期の肺ガンだったと聞いた。
「年末に転倒して、軽いケガですんだんよ。ただその時、ヒューヒューって変な音がするから、MRIで検査してもらったの。そしたら、末期の肺ガンだっていうの。肺にたまってた水を抜いたら、痛みもなくなったみたいで、お正月もお節を食べて、元気だったんだけど、少しずつかな。衰弱していって。目を閉じたまま、ゆすってもなかなか目を開けてくれない時が増えていった」
「最期は苦しんでたの?」
「ううん、苦しいっていうのはなくて、眠るように亡くなっていったの。でも、私も最期は間に合わなかったんだけどね」
「苦しいのは、伯父ちゃんが引き受けてくれたのかなぁ」
「そうかもしれない。父親は、母のことを心配してたから」

キレイな死に顔だった。
生前から高齢の割には、肌も髪もツヤツヤしていて、オシャレな伯母であったが、棺の中で眠る顔も、穏やかであった。

「お祖母ちゃんの顔に似てるわ」
そう呟くと、
「あ、ウチの母がお祖母ちゃんに一番似てるものね」と、従姉。

そして、バッグの中から古い写真を3枚、取り出した。

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瑞希こぼれ話(3) 「Wii ジャンプ!」

瑞希ママ(瑞希のお母さん)にもこれまで当ブログにご登場いただいている。

☆小説「間違えられた弟」
http://tohnoyoriko-world.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_4d26.html

☆小説「忘れ物にはご用心!」
http://tohnoyoriko-world.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_c2f5.html

☆小説「突然バーン!」
http://tohnoyoriko-world.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_498d.html

エッセイ「我が家にWiiがやってきた」は、1話で頓挫しちゃったけど、瑞希家ではゴルフ、ボーリングで大いに盛り上がり、今はジャンプがお気に入りとか。

「ジャンプは、タイミングを合わせるのが難しいのよね」

Wii未体験のワタシとしては、テレビのCMで見る限りなので、
「Wiiフィットの上を飛ぶわけじゃないでしょ?」
と聞いてみる。

「飛ばない。飛ぶ瞬間に、ちょっと浮かすっていうのかな」

なるほど。

「母が一番面白いんだけど、飛ぶ瞬間、画面にあわせて、『フゥンッ!』って、鼻息たてて、ジャンプポーズをとるの」

目に浮かぶようだ。

「で、飛距離がのびて着地したら、『ワーッ!』って、歓声が上がるでしょ。そしたら、満面の笑顔で、手を振って、歓声にこたえてるのよ」

お腹をかかえて笑ってしまった。

「別に自分が飛んでるワケでもないのにさー。『どうだ!』って表情で」

いやはや。
毎度のことながら、瑞希ママ話は、笑えます。
一度、ご一緒にジャンプしたいものデス。

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瑞希こぼれ話(2) 「前世はロシア人?」

つきあい範囲が幅広い瑞希姐さん。
ある時、「癒し系フェア」なるものに行ってきたという。

「バランスボールを習ってる先生が出展するっていうから、サクラよ、サクラ」

ダイエットのため、バランスボールを始めたという。

ちょっと脱線するが、バランスボールって、どうやって送られてくるか?
答え: 折りたたんだ状態で、空気入れと同封されてくる。
ワタシはてっきり、ボール状態で送られてくるもんだと思ってた。

「そんな、あんなデカいボールの状態で送られてくるワケないでしょー」
「だって、おっきな箱に入ってくるのかなーと思ったんだもーん」
「アナタも、天然ね・・・」

さて話はもどり、「癒し系フェア」へ。
ぐるりと会場をまわっていると、いろいろなブースがある。
いかにも怪しげなモノ売りには近づかず、何か面白いモノはないかしら。

ふと目に入ったのは、「ワンコインで前世占い」の看板。
ワンコイン、つまり500円である。
まあ、500円なら・・・と、座ってみた。

「このフェア限定なので、2つだけ占ってさしあげます」
という前置きがあり、おもむろに世界地図を広げる前世占い師。
取り出したのは、水晶ペンダント。
そして、世界地図の上をゆらゆらと動かしていく。

「ん?」
占い師が唸る。
ペンダントがブルブルと揺れている。
瑞樹も息をのむ。

「ここ、ですね」
占い師はそう言って、指差した。
「ロシア?」
「そう、ロシアです。ほら、他の国では揺れないでしょう。でも、ロシアの上にくると、ペンダントが揺れます」

占い師は、目を深く閉じ、深呼吸をして、大きく息を吐き、そして目をカッと見開くと、
「あなたの前世は、900年前のロシア人・・・男性です!」と云った。

「900年前?ロシア人男性?ってことは、私は900年前から、一度も転生することなく、やっとこさ、日本人女性に生まれ変われたんですか?」

「いやいや、何度も何度も転生されましたよ」と、ニヤリ。
「でも、それを全部見るのは別料金です」と、更ににんまり。

「もうひとつだけ占ってさしあげましょう」
「じゃあ、900年前は何をしてたんですか?」
「運び屋です」
「運び屋?何を?」
「そこまではわかりません」

要は、あとは別料金。
名刺をもらって帰ってきたという。

「でもさー、900年前のロシアって、想像つかないよね」と、瑞樹。
「そうねー。何時代かな?」
「日本は、平安時代でしょ。あ、ピョートル大帝のとき?」
「それは17,8世紀でしょ。ロマノフ王朝よ」
「チンギス・ハーンは?」
「13世紀初めのほうだから、まだもっと前ね」

はてさて、900年前のロシアって・・・?
想像がつかないと、2人して断念した次第。。。

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瑞希こぼれ話(1) 「クローゼットの地層」

ほぼ1年ぶりの瑞希とのご飯。

「提供できるネタなんて、ないわよー。
 最近、電化製品もこわれてないし」

そう言いながら、小ネタをさがしてくれる優しさ。

瑞希こぼれ話を連載していきます。happy01

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「クローゼットの地層」

自他とも認めるミーハーな瑞希。
とはいえ、彼女がミーハーだと気づいたのは、ディカプリオ主演映画「タイタニック」の頃。

「レオちゃん~」と連呼するので、「ジャングル大帝のレオ?」なんて、オヤジギャグをとばそうものなら、張っ倒されかねない。

「はいはい、レオナルド・ディカプリオでしょ」
「かっこいいのよー」
「確かに」
「タイタニック、見た?」
「まだ・・・。最後どうなるの?」
「え?結末知ったら、面白くないじゃない」
「そうだけど・・・」

結末を聞きたがる性分のワタシ。
それを聞いても面白いなと思えば、見に行くタイプ。

「沈むのよ」
「船がでしょ?」
「レオちゃんも」
「あら、ま」
「泣くのよ。号泣するの」
「かわいそうね・・・」
「でも、また見たくなるの」

ここで、アタマに浮かぶ「?」マーク。
「また・・・って、何回も見たの?」
「そう。今日もひと泣きしてから出社した」

当時の瑞希は、勤務先がフレックスで午後出勤の日というのがあった。
だから、映画を見てから出勤も可能なワケ。
結局、「タイタニック」は通算20回見たらしく、当然それだけにとどまらず、「レオちゃん」に費やしたお金も相当なもの。

「ワタシのクローゼットは、ファン地層が出来てるのよ」
「レオちゃんから始まるのね?」
「ううん。第1地層はタカラヅカで、第2地層がレオちゃん。第3地層がガクトで、第4地層がジフン君。で、今は東方神起なんだけど、解散しそうなのー」

おやおや。
その地層、どこまで積み上がるんでしょうね。。。

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病は気から

カイシャ帰り、ふと病院へ寄ろうと思いたつ。

カゼがスッキリしない。
なんとなくだるい。
カゼ薬もなくなってきた。

バスを途中下車して、かかりつけのN先生のもとへ。
病院のドアを開けると、6時半すぎというのに、
案外患者さんが多い。

「今日はどうしました?カゼ?」
受付で聞かれ、マスクを外しながら、
「薬をもらおうと思って。・・・多いわね?」
待合室に目を遣ると、
「ああ・・・」と、看護師さんが苦笑い。
「まあ、しばしお待ちを」

ソファに座って、順番を待つ。
待っている間に、他の患者さんをちらっと見る。
何人いるかで、だいたい待ち時間がわかる。

おじいさんと男性と子供。
おじいさんに付き添って来ている父子だろう。
3人とも顔がよく似ているもの。
もう診察が終わって、精算待ちかな。

離れて男性ひとり。
診察待ちのようだから、ワタシはこの人の次になる。
7時前くらいになるなー。

まもなく、さきほどの3人が精算をして帰って行った。
少し経って、診察室から一人女性が出てきたので、
男性が診察室へ。
6時45分。
N先生の診察は、5分~10分。
長い人なら、20分くらいかかる。

時計とにらめっこしていると、看護師さんが体温計を
持ってきた。
例のテルモの電子体温計。
ちょっと体温が高く出るヤツ。
測ると、37.4度。
他の体温計なら、36.8~37.0くらいかしら。
まあ微熱程度。

測り終えると、N先生に呼ばれた。
荷物を置いて、席に着くと、
「はぁ~」と、N先生のためいき。
どっちが患者なんだか、えらくお疲れのご様子。

「カゼ、まだ良くならない?」
「スッキリはしてないわね。カゼひきそうなトコへ行くから」
「ああ、休日のゴルフね。寒いのに、よく行くね」
「ほんとにねー」

ノドを診てもらい、
「抗生物質は、もう要らないね。ノドとくしゃみのほかは?」
「痰が出るのと、アタマ痛。今日はゾーミック(頭痛薬)を飲んできたの」
「前より飲む回数が増えてる?」

少し考える。

「頭痛が集中するときがあって、そのときは飲むけど・・・」
「月5回くらい?」
「そんなものかしら」

実のところ、何回なんて数えたことがないので、
5回は適当。

「じゃあ、今日はカゼの薬と・・・ゾーミックはどうする?」
「あ、いくつか」

すると、N先生はカルテに5Tと書いた。
5T=5錠である。

「これから忘年会とか多いの?」
「うーん・・・。3回かな。今年は少ないわよ」
「そう。あまり遅くなって、オオカミに襲われないようにね」

そう言われて、プッと笑ってしまった。
「襲ってくれるオオカミなんて、いないわよー」

するとN先生。
「じゃあ、ボクが襲っちゃおうかなー。
 でも、ブーツで蹴っ飛ばされそうだねー」
と、軽くジョークをとばす。

「そんな足癖、悪くないですよ」
「お上品だものね」

時計を見ると、もう7時。
薬局が閉まってしまう。

「じゃあ、先生。ありがとうございました」
「はーい。またね」

いつもこんな風に診察が終わり、心身ともラクになる。
心のカウンセリングってところかしら。

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休暇の過ごし方(1)

いつもと同じ時間にテレビがつく。
ニュースは、市橋容疑者のコトばかり。
明るいニュースが欲しいなぁと思いつつ、そのまま見てしまう。
今日は休暇をとったので、朝ゆっくり出来るから。
とはいえ、そんなにのんびりもしてられない。
予約の時間がある。

今日は延び延びになっていた検査の日。
もっともこれはワタシの都合。
特別悪くもないので、もう少し先でもいいかと予約をとらずにいた。

もうひとつ理由がある。
その病院は、自動音声による電話予約制で、最初に病院長の挨拶から始まる。
これがまた長い。
ようやく終わると、プッシュホンで診察券番号、予約したい先生の番号を押して、やっと予約日が入れられる。
ところが、予約日がすでにいっぱいで取れないとなると、再度入れる必要がある。
これもダメなら、「おかけ直しください」とアナウンスが流れるので、ここでめげてしまう。

「Webで予約できたらいいのに・・・」
そんなことを思いながら、1週間前、偶然サイトを見つけた。
いつの間か、PCと携帯の予約サイトが開設されていた。
空いている日を見ると、土曜日は1ヶ月以上先。
やはり平日しか無い。
出来れば午前中の早い時間のほうが良い。
遅くなればなるほど、待ち時間が長くなる。
1週間後の9時半に予約を入れた。
これなら後の時間を有効に使えるだろう。

(つづく)

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思い出は限りなく

コネタマ参加中: あなたのおじいちゃん・おばあちゃん自慢、聞かせて!

父方の祖父も母方の祖父も、
ワタシが産まれる前に他界したので、
おじいちゃんを知らない。

父方の祖母は小学生の頃、他界した。
母とは折り合いが悪かったため、ちょっと馴染みが薄い。

その代わり、母方の祖母は近所に住んでいたこともあり、
ずいぶん可愛がってもらった。
但し、これはワタシに限らない。
孫はもちろん、甥や姪、その子供達にまんべんなく愛情を注いだ。

もっとも母に言わせれば、
「我が子より、本家の子供を大事にした」らしく、
貧乏なくせに気前のいい、いかにも明治女そのものだったという。

子供の頃、病弱だったワタシは、しょっちゅう熱を出しては寝こんでいた。
母はワタシの看病ばかりしているわけにもいかず、
眠ったところを見はからって、買い物に出かけた。
目を覚ますと、母がいない。
急に不安になる。
そうはいっても、熱があるから、身動きがとれない。
そのうち、またうつらうつら眠る。
次に目が覚めたとき、枕元に祖母が座っていた。
心配そうに、ワタシを見ている。
「また熱、出したんか」
そう言って、おでこをさすってくれる。
ワタシは安心して、また眠りにおちる。
祖母は、母が帰ってくるまで、じーっと側に居てくれた。

社会人になった年、祖母は88歳で大往生をとげた。
思い出は、語りつくせぬほど。
晩年、寝たきりになった祖母は、実家が零落して神戸に
出てきてから結婚するまでのできごとを話してくれた。

いつか小説にしたいと思っている。

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